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Georges MOUSTAKIバルバラを語る(1)

情報・読み物 「CHORUS」1998年春号NO.23 2004/12/07
Georges MOUSTAKIバルバラを語る(1) by Marc Legras

「背の高いブルネットの婦人のために」

すでに1961年Barbaraはムスタキの手になる2曲を録音している。1966年にムスタキにSerge Reggianiを紹介したのもBarbaraだ。’67年から’69年までツアーには彼が同行して「La dame brune」を彼女とデュエットした。1972年「La Ligne droite」を共同で書き上げ、それぞれのレコードに録音している。その後一緒にツアーに出て、Barbaraは前半、ムスタキは後半というステージを組んでいた。

:出会ったのは彼女がレクリューズで歌っている頃で、僕はその辺りをウロウロしていた。初めから共感し合えたし、引き合うものもあり、急速に固く結託しましたよ。
彼女が会いに来て食事に出かけたり、夜電話で話し合ったり、そう、その頃からすでに自分の曲の構想を聞かせてくれました。1961年に僕の「Vous entendrez parler de lui」と「De Shangai a Bangkok」を彼女は録音しました。(訳者注:1961年3月Odeonから出た45回転「BARBARA」)それには他に彼女の最初の自作曲「Chapeau bas」(訳者注:レクリューズでは作者の名を伏せて少なくとも2年前から歌っていた)と「Liberte」が入っています。「Liberte」は人は僕の作品とよく間違えますがおそらく僕の「Ma liberte」、これはもっと後で書いたものですが、これと勘違いするためだと思います。(訳者注:「Liberte」はMaurice Vidalin作詞、Charles Aznavour作曲)

:数年後の67年僕に曲を書いて欲しいと言いました。彼女の家に行くと毎回、僕の家には当時TVがなかったものだから、TVに気が行ってしまいました。で、見たい番組を最後まで見て、気がついたら眠っているとい有様でした!ある日彼女がTVのコードを抜き曲を書こうとしないのなら、もうこれを片付けてしまう、と脅しました。番組の続きが見たいので急いでギターを手に取りました。彼女が目の前にいて、背が高く髪の毛がbruneなのに気づいて「背の高いブルネットの婦人のために」と歌い始めました。「Au clair de la lune」を本歌にして。即興の曲に言葉が乗り彼女がピアノを弾きはじめました。それで1曲出来上がり。このデュエットでお互い一緒に行動しようと言いました。彼女のParisに於けるツアーを企画していたJean Sergeが、このデュエット曲のために舞台に一緒に登場して欲しいと言ってきました。「喜んで」と答えましたよ。Parisだけでなく地方公演にまで一緒に回りました。そして69年のオランピアです。その時はいちいち僕を紹介しなくてもよくなっていました。と言うのはDenise Glaserの「Discorama」という番組に出てから「Le Meteque異国の人」がヒットしていましたから。  (つづく)


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