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Dalida 丸裸 (5)


そう言えば、エジプトの南部、ナイル河の近くにこういう観光客用のロバ(仔馬?)がいた。場所・年代の特定はできないが、エジプトを外国人として楽しんでいるDalida。.

Dalidaの男たちー追記


Christian de La Mazière

Après sa rupture avec Jean Sobieski, Dalida connut Christian de La Mazière (décédé en 2006), journaliste au passé trouble - il avait combattu dans les Waffen SS, alors âgé de 17 ans - leur histoire prenant fin en 1966, il resta un ami fidèle pour la chanteuse.

Dalida enjoyed Christian de La Maziere (d. 2006), a journalist with a troubled past - he had fought in the Waffen SS, who was 17 years old - their story ending in 1966, he remained a faithful friend for the singer.
時期的にはJean Sobieskiとの破局の後に現れた男性で、1966年に破局。しかし生涯友情が続いたと記されている。出会ったときはjournaliste であったが、ヒトラーの武装親衛隊員であった過去を持つ。この過去は重い。
Christian de La Mazière : wikipedia
Interview de Christian de La Mazière :
Christian de la Mazière - Gallic Shrug Olympian :
フランス人であるにも関わらずSS隊員であったということは
ナチス末期、有無を言わさず強制入隊させられたのだろうか?
末期のナチスの隊員として戦い
ポーランドで捕虜になる。その後ロシアに引き渡され
またしても捕虜。フランスに帰国後は
裁判にかけられ売国者として刑務所生活をおくった。
Marcel Ophulsのドキュメンタリー映画
「 The Sorrow and the Pity」に登場して
当時の自分の果たした役割について語っている。
また自身「The captive dreamer」と言う本を書いて
Fresnesの刑務所生活を含めた戦後の時代そのものを
自らの手で明らかにしているらしい。(未読)
(日本にはこのあたりを理解できるだけの研究はない。)
戦争に負けるということは、戦勝国の命令に従わなければ
ならない。意思に関わらずナチスとして戦ったフランス人も多い。
Christianは幸運が重なって辛うじて処刑を免れた。
後にアフリカのトーゴの政治に深くかかわった。
敗戦国イタリア人のダリダにはこのフランス人
が理解できたのかもしれない。
このあたりの理解が困難な原因は一言で言うと
ファシスト、共産主義、社会主義などの言葉の意味するものと
その実態が乖離しすぎていることに原因がある。
ファシズム対コミュニズムとして対極に置くことも
今となってはそもそもの間違いである。
参照:国家社会主義ドイツ労働者党について
参照:ナチス・ドイツ 隠された真実

DalidaはJean Sobieskiにないずば抜けた知性
と拭い去らなければならなかったChristianの
暗い過去を愛したのではないだろうか。
Dalidaと出会った頃の彼は芸能界にすでに充分な名声を
築いた、歌手の女友達もたくさんいる、実力派Journalistであった。

/////////////////////////////////////////////////////////

参照:詩集「2N世代」
The sorrow and the pity by Marcel Ophuls
この映画に登場するChristian de La Maziereに関しては
以下のように簡単に紹介されている。
French aristocrat and former Nazi Christian de la Mazière is also engaging as he frankly answers all of André Harris’squestions and discusses his past political choices and involvement with the Waffen S.S. with
impressive clarity.
この映画は1969年に制作されている。1968年5月がなかったらおそらく誕生しえなかったdocumentaryではないだろうか。何故ならそれまでフランスは過去をそうでありたいように捏造してきたからだ。ある種の人たちを英雄とし、ある種の人たちを裏切り者として、それこそ国体維持のために(国としての誇りを失わないために)まやかしの裁判官となって、真実の歴史を追求しようと一切してこなかったからだ。
このあたりははっきり言って日本人には手が出ない難解さである。フランス史に興味のある方は上記をクリックして、とりあえず入口の隙間から中を覗いてみては、いかがでしょうか。
参照:入口の隙間:ここからが一番見やすい
吃驚するような一行はこれだ↓
In fact, in the first section, one of the interview subjects says flat out that anti-Semitism became a point of agreement between many Frenchmen and Germans.
・・・
This film was first shown on French television in 1981 after being banned for years. It is frequently assumed that the reason was French reluctance to admit the facts of French history. While this may have been a factor, the principal mover in the decision was Simone Veil, a Jewish inmate of Auschwitz who became a minister and the first President of the European Parliament, on the grounds that the film presented too one-sided a view.
このfilmはTV放映用に制作されたものであるが、放映が禁止されていて、フランスのTVで最初に放送されたのは、1981年。ユダヤ人であるSimone Veilが内容に偏りがあるとして放送を許可しなかったためだとも言われている。



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