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Barbaraと住居(1)

情報・読み物 Barbaraと住居(1) 2004/11/08
Precy Jardin ( 最後の家)

1972年暮れ、Precy sur Marneで売りに出ている一軒の家をBarbaraの友達たちが見つけた。マルヌ川沿いのPrecyはパリの東30km。家主はインテリアデザイナー。友達たちはすぐにこれはバルバラが一目ぼれするに違いないと考えた。見に行ったBarbara、すぐに気に入り買う決意をする。
Precy sur Marneは人口400人。村の教会の鐘楼を中心にして、商人や職人が住んでいる、マルヌ川とl'Ourcq運河の間にちょこんと位置する静かな村だ。Verdun通りと大通りの角にある元は古い農家。Barbaraは1973年の初めにここに引っ越してきた。Fragsonとla Loie Fullerのポスター、そしてピアノとメガネを持って。
建物は庭を取り囲む藤で覆われている。重い木製の扉で閉じられた屋根付き玄関口はVerdun通りからこの庭を完全に切り離している。二つの通りに面している別の扉も、いつも閉められている。
各部屋は中庭につながっている。1階の金色の応接間の数箇所ある出入り口も中庭に面している。この部屋にはどっしりとした石の暖炉が鎮座している。隣が台所。上の階にBarbaraの寝室があり、そこは少し暗い。
寝室の隣の部屋には、ロッキングチェアーと自分のものといえる最初のピアノが置いてある。そこで彼女は、書いたり考え事をしたりする。
常夜灯代わりにすべての部屋に赤いランプを置いて、点灯したままにしておく。起きている時はたいていここにいる。ここで、不眠の夜は、書き物をしたり、作曲をしたり、編み物をしたり、ラジオを聴いたり、テレビを見たりする。
納屋は劇場に改造されている。この劇場は「La grange au loupオオカミの納屋」と名づけられている。舞台もありピアノもありリハーサルの必需品もある。PA装置そして大切なカセットデッキ、とロッキングチェアー。ミュージシャン達と公演のリハーサルをするのはこの部屋だ。棚にはツアー用の旅行カバンが置いてある。
Saint Marcellinに住んでいた1944年以来、初めて庭を持つことができた。庭こそこのPrecyの住居の中心である。庭の隅にはベンチも置いてある。カバの木、バラ、ボタンなどを植えている。ここでガーデニングの喜びを初めて知った。この庭を彼女の犬や猫が駆け回る。大きなビームに支えられた緑に覆われた東屋があり、そこにガーデン・テーブルが置かれている。
Barbaraは、Precyのこの彼女の宇宙の中で、閉じこもり生活をしていた。めったに外には出ない。時々は運河沿いに犬を散歩させたり、マルヌ川沿いのスタンドに立ち寄ることもあった。
Precy sur Marneの家は外も部屋の中も、何度か写真に写されている。専門家が住んでいただけのことはあって、インテリアも素晴らしく空間も広々としている。庭や住居環境は自然の良さを充分享受出来るように考えられている。
ここで、1974年には有名な自殺未遂事件があり、1977年には火災があり、その時は、命からがら裸足で逃げ出している。「Precy Jardin」歌に詠まれた住まいである。(つづく)
             

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