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Claude Vinci (2)
2008-04-25 Correspondances初出
身近にいた人のこういう発言は波紋を呼ぶ。Barbaraの妹Regineから苦情がくるかもしれない。Claude Vinciの発言をpick upしてみよう。
(1)Une petite cantate
僕のいた頃はYvonne SchmidtやDarzeeがピアノを弾いていた。Liliane Benelliはまだいない。彼女とは、le Theatre de Bourgogneで会った。Serge Lamaと一緒に交通事故にあって、彼女は死んだ。僕はずーっと「Une petite cantate」の作曲はLilianeだと思っていた。Barbaraの作曲だと知ったのは、わりあい最近だ。Lilianeが死んだので、既にあった歌詞を取りやめてBarbaraが新しく作詞した、そしてLilianeがすでに作曲していたと思っていた。...
BarbaraのRemusatの家に行くとLilianeとBarbaraが二人で一緒に仕事をしていた。LilianeがBarbaraに教えていたのをよく見た。
参照: 「Music cross talk」
-完成した直後に一発録音され、記録では同日発売されたことになっている-という1行を思い出した。1曲だけ、しかも歌詞だけを発売直前に差し替えた、という可能性も確かに感じる。死を扱った追悼の曲にしては、メロディーに重苦しさが、たとえば「Nantes」に比べ希薄な気もする。すべてそう言えばの話だけれど。
(この曲の著作権がすでにBarbaraにあった、それゆえにBarbaraは歌詞を変更しようと思いついた、とすれば、Claudeの発言に何らかの根拠があったとしても、何の問題もない)
Claude Vinciは主張しているわけではないが、「自分はこう考えていた」という示唆は、大きな誤解を生みかねない。イメージがそちらの方に振れてしまうからだ。一旦振れたイメージはそのまま一人歩きするのが常だ。
参照: Serge Lama & Marie-Paule Belle
Une petite cantate :
2008-04-26 : 検証追記
Chalon-sur-Saoneでコンサートを終えたBarbaraに当時の秘書のSophie Makhnoはこう告げた。
「Serge LamaがLilianeと一緒に事故に遭いました」
するとBarbaraはこう言ったという。「彼女は死んだのね」
(祖母の死の時と同じような直感が働いたのか)
Barbaraは直ちに「Une petite cantate」を書き始めた。
当時Barbaraはアルバム制作中で、Philipsの代表達にアルバムの中の1曲をプレゼンする必要があった。Barbaraは他のではない、このpetite cantateを歌いたいと思った。Claude Dejacquesは、あんな状態でBarbaraは歌えるだろうかと心配していた。レコード会社に対するプレゼンなど、心地よい雰囲気の場であるわけも無く、しかも朝の10時という時間からだった。
Sophie Makhnoが手渡したウィスキーをBarbaraは一気にあおって、petite cantateを歌ったが、会議場から出てきた時は、何も覚えていない有り様だった。...
参照:Valerie Lehoux 「Barbara Portrait en clair-obscur」 p.145&146
これだけではBarbaraが、作詞作曲の両方を一気に仕上げたかどうかまではわからない。ただLilianeに対して非常に強い想いがあったこと、そして彼女の死に対して、動転するほどの強い悲しみがあったことは充分推測できる。この曲を生涯、演目から外さなかったことからも、二人の間に強い絆があったことが理解できる。根拠の無いClaude Vinciの推測など、もうどうでもいいことだと思えてくる。
「Une petite cantate」(和訳) de 「Du Soleil Levant」
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