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Drouot

              Drouot


Barbaraを日本語で歌えるようにしようと、和訳をスタートさせたのは、1978年前後、それを印刷して小冊子にまとめたのは1984年あたりだったと思う。長い年月をかけたが、後回しになったままの作品も多い。「Drouot」もそのひとつだ。その気になって和訳を仕上げたのだが、恥ずかしい話だけれど、「Drouot」の意味がわからなかった。歌詞の中の何かと呼応する固有名詞だとは思ったのだが、そこに鍵があるような気がして、レコードのように「ドルオー」のままのタイトルで出すことを避けた。


1986年交通事故で脚の膝の皿が粉砕されて入院中、友達のセンナヨオコが見舞いに来てくれて、その時「こんな全集の配本が始まった」と言って「フランス文化百科事典」のような本を見せてくれた。その本をパラパラとめくって思わず声をあげた。Drouotは通りの名で、その通りには競売場がある、と書いてあった。歌詞の情景が目の前で動き出した。

競売場の描写、そこに立ちつくす一人の婦人の描写で歌詞は進むのだが、最後の方で

Hagarde, elle sortit de la salle des ventes
Je la vis s'eloigner, courbee et dechirante,
Des ses amours d'antan, rien ne lui restait plus,
Pas meme ce souvenir, aujourd'hui disparu...
(取り乱したまま彼女は競売場を出た
背をまるめて、打ちひしがれて、
いにしえの彼女の愛の思い出から
こうして婦人が遠ざかってゆくのを私は見た
彼女と共に残るものはもう何もない。
その思い出の品さえもない。
今日ここにこうして切り離されて消されてしまった。)

と歌われる。

1) たった1度だけBarbara自身が「私は見た」として、その歌詞の中に登場するのだ。これは後の彼女の証言にピタリと一致する。
(参照:
Du soleil levant
このJeひとつが使われたことで、単なる歌詞から一気に現実味を帯びた目撃談に変身する。
しかもよく見ると、
Je la vis s'eloigner de ses amours d'antan...は、真中あたりの
Elle vit s'en aller le dernier souvenir de ses amours d'antan...と対応し、彼女は思い出が売られていくのを目撃し、Barbaraはそんな婦人を、その悲しみを目撃している、2重構造になっていることに気づく。


2) 私の持っている1970年日本発売のレコード「黒いワシ/バルバラ」の歌詞カードによると、、このHagardeがA gardeとミスプリされ、訳も「見張りの中を、彼女は立ち去った」と誤訳されている。このシーンで彼女に目を留めているのはBarbara一人で、彼女の存在自体、悲しみ自体は競売場というセッティングの中で彼女の声と共にかき消されている。
語学力よりも想像力で防げた誤訳だと思う。
また、同歌詞カードには、先に書き出した
Elle vit s'en aller, parmi quelques brocantes, le dernier souvenir de ses anours d'antanは無く、この部分は
Tout se passa si vite,a la salle des ventes, tout se passa si vite, on ne l'entendit pasとなっている。


3) これは余談だが、ずっと近年になって、6,7年前か、稲垣直樹先生の「レ・ミゼラブル」の解説を読んでいたらDrouot将軍の名前が出てきた。エルベ島からナポレオンが帰国するという演説をDrouot将軍がしたとか、そういう話の場面だったような気がする。(はっきりとは覚えていない) その時、この競売場をはじめ、Drouotと言う通りや、メトロの駅名や劇場の名前、ホテルの名など等、すべてはこの将軍に由来するのではないかと思った。長い間その推量のままで放置したが、この文章を書くにあたって、そのことを今日Netで再確認した。
上の写真はナポレオンが最も信頼した、清廉潔白、頭脳明晰、軍事的才能はナポレオンに匹敵する、そのDrouot将軍の写真である。


4) もう20数年前のパリ祭で深緑夏代さんがこの「ドルオー」を歌われた。イントロがチラと聞こえただけで、ハッとし、ドキドキした思い出がある。タイトルを見たら「貴婦人」となっていた。5,6年前だったか、今度はTVでパリ祭を見ていたら、美川憲一さんが、その「貴婦人」を歌われた。このとき初めてその歌詞に耳を傾けたが、何か変だ。クミコさんの歌う「我が麗しの恋物語」ほど、原詩に対して凌辱的でもないし、100%創作というわけでもないが、少しだけ変だ。
この「貴婦人」は家財道具の差し押さえにあって、家具を持ち出されている。しかもこの「貴婦人」はどうやら自宅にいる。当然Barbaraの視点からの目撃も無い。
今、手元に、嵯峨美子さんのCDにある矢田部道一氏の訳詞がある。


「屋敷を背に立ち去る前に」
「はじめてこの広い屋敷に」
「2階にあるあの寝室は」
「明日にはこの屋敷の中も競売場になり下がるだろう」
「古い家具も持ち出される」

と言うわけでタイトルの「Drouot」が活用されていないし、重要な競売場という場の現実がはずされてしまっている。だからと言って、訳詞の矢田部氏が、20数年前の私と同じように「Drouot」の場所やその場所の象徴するもの、及びその名の由来について、無知だろうと言うつもりは無い。ただBarbaraが「Drouot」と言うタイトルをつけたのは実際「Drouot」でこのような婦人の姿を目撃したからなのだ。そしてこの歌から「競売場」の臨場感をなくしたら、歌詞にある競売場の小槌の音が聞こえてこない。メロディーも歌詞も最高に素晴らしいこの曲の良さが半減してしまうように思うのだけれど、いかがでしょうか?
「貴婦人」を歌われる歌手の方たちにちょっと問いかけてみたい気がする。


5) フランスのバルバラファンは自分の書く文章の中に、Barbaraの歌詞からの引用を、心憎いほどうまく散りばめる。
そんな彼や彼女らが、一番よく使うのは、この歌詞の最後の部分、Aujourd'hui disparu...(今日ここに消え去った)だ。この言葉といい、そのメロディーといい、この曲の最後に置かれて、なるほど確かに歴史に残るほどの、決まり方、締まり方になっていると感心する。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


Delphine Mailland  chante " Drouot" ;
Barbara chante "Drouot" ;

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