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4.Adieu Marguerite

 
「Non, je ne regrette rien」Edith Piaf

Charles Dumont 作曲、Michel Vaucaire 作詞
「Non, je ne regrette rien」 par Edith Piaf
こちらにはMarguerite Monnotの顔が見える。 この時期Olympia公演ではまだMargueriteの曲が予定されていたのだろう。

1959年Michel Vaucaireの紹介でPiafの家でCharles DumontとPiafが出会い、Piaf晩年の名曲「Non, je ne regrette rien」が完成する。PiafはDumontが大いに気に入り翌1960年のOlympia公演では予定していたMarguerite Monnotの曲、11曲をプログラムから取り下げDumontの作品に置き換えた。
Margueriteがショックを受けたのも無理はない。25年の歌手と作曲家としての友情と共同作業の終焉を意味した。
原因のひとつは後に書く「Irma la douce」である。自分以外の歌手に手を差し伸べ大成功をおさめたMargueriteをPiafは許せなかったのだろう、と言われている。
もうひとつはMargueriteの夫、Paul Periがある夜、Piafよりも重視されたプログラム割りで歌い、Piafよりも喝采を受けた事件があったらしい。それもPiafを怒らせた原因のひとつだろう。真の原因はおそらくもっと複雑に違いない筈だが、これらが噂だ。
Piaf4度目のオランピア公演は1960年12月29日に始まり大成功し、1961年4月4日まで続演された。
「私には悔いなど何もない、ゼロからやり直すわ」と歌ったPiafの大成功の半年後、Piafの作曲者としてのidentityをなくしてMargueriteは手術台の上で、死ぬ必要もない病気で死んだ。

・・・・・・・
Michel Vaucaire作詞、Charles Dumont作曲
 「Mon dieu」par Edith Piaf 1961 
・・・・・・・

Charles Dumont :: 僕とMonnotの関係は、ちょっとうまくいかなかった。なぜって、彼女の場所を僕が取ったようなものだからね。その次にFrancis Laiが僕に取って代わったようにね。
・・・・・・

死のわずか2年前MargueriteはPiafについてこう語っている。
Marguerite :: もし彼女が世界の果てにいて、私に心配事があれば、電報を打つだけでいいの。彼女はすぐに来てくれる筈。私と同じよ。私だって彼女のところにかけつけるためなら、どんなことだってほったらかしにするわ。私にとって妹なのよ。私たちの間に何の隠し事もないし、お互い相手の悩みも全部知ってるわ。最高の友情なのよ、私たちは」

健康、仕事、恋愛、さまざまな想像を絶する理由があったとは思うが、PaifはMargueriteの葬儀に列席していない。

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