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3.盲腸の破裂 ・ 心の破裂

いろんな資料を付き合わせていると、必ず数箇所は食い違いが見つかる。Marguerite MonnotとEdith Piafは誰の紹介でどのように出会ったのかについてもそうだ。
先に引用したSimone Berteautの”Piaf"について、永田文夫著「世界の名曲とレコードーシャンソン」誠文堂 新光社刊、P.129には(ピアフの妹と詐称して伝記を書いたシモーヌ・ベルトーによると)という一行がある。
一流ジャーナリストが書いた「伝記」と近親者が書いた「伝記」とでは、私は前者により信頼を置く。恋人や友人や肉親を名乗る人は、愛があふれて(?)場合によっては、ほとんど妄想を語る愚を犯す危険があるからだ。
Simoneが自ら「愛の賛歌」を作詞したという部分などが、怪しいのだが、Margueriteに関する以下の(P.301)部分はよく書けていると思うので、再び引用する。

・・・シャンソンがだいたい出来上がると、エディットは夜中の何時だろうとかまわず、ギートに電話をかけた。
「もしもし、ギート? エディットよ。すぐに見せたいものがあるの」
ギートは決していやと言わなかった。私たち同様に時間の観念がなかった。なかば慣れていたし、それに髪をセットしているときにエディットが思いつくので、頭にスカーフをかぶっていることがしょっちゅうだった。それで私たちが出かけて行った。
マルグリットの家に着くと、エディットは詩を読み上げた。
ギートはすでに手をピアノにかけて、耳を傾けていた。そして彼女だけが秘密を知っている音楽が流れ出した。
「愛の賛歌」の音楽をつかんだ夜、エディットは例のテーブルに身をかがめて、マルセルに言った。(エディットはこの時期、交霊術によりマルセルと会話をしていた。:筆者注)・・・

この場面を見る限り、Margeuriteは「愛の賛歌」をほとんど数時間で完成させている。ピアノに関して、作曲に関してMargueriteが本物の才能にあふれた、きわめて協力的で心優しい、世間的拘束のない天才肌の音楽家だったことがわかる。

さて、Piafとのかかわりはこの辺にして、前回抽象的にしか書かれていなかったMargueriteの死について、具体的に見てみよう。
Margueriteは前から盲腸を病んでいた。「心ここにあらず」の夢子さんの彼女は、天才芸術家の直感として、それが命取りになる予感があったようだ。しかし現実対応力に欠けるこの天才は医者の忠告を聞かず手術を受けない。(Colette Renardによると、ある女占い師に、あなたは手術台の上で死ぬと予言され、Margueriteはそれを気にしていた)
1961年10月12日、58歳で盲腸の破裂とそれに伴う腹膜炎でパリのDenfert Rochereauの病院で死亡した。夫が病院へ連れて行く途中破裂し、結局手術中に手術台の上で意識をなくしてそのまま死亡した。
1963年彼女の故郷Decize市は偉大な作曲家を讃えて彼女の住んだEcoles通りをMarguerite Monnot通りと改名し生家の玄関に記念盤を飾った。1989年には町の中央にある保育園にも彼女の名前が冠せられた。
Margueriteのように才能や美貌があり天才らしい奔放さで生きた女性の晩年と言うのは、たいてい極端な孤独に陥るようだ。山高ければ、谷深し、賞賛と名声の減少を酸欠のように敏感に感じてしまうためだ。
彼女が死の数ヶ月前、友人のNiaudet夫人に書いた手紙から抜粋する。
・・・愛する人に囲まれて暮らすなら、老いることなど辛くはないのです。しかし孤独と老いが重なると悲惨です。私は今特に心理的感情的に耐えられないほど追いつめられていて、絶対的休息が必要なところまできています。感受性が敏感過ぎるように生まれついたことはなんと不幸なことなんでしょう!絶対的休息をもうすぐ見つけ出すことができるでしょうか。絶望に落ち込んでいます。一人で部屋にいて、聞こえるのはラジオ、ラジオの音、流れる時間、その果てには死が。本当に生き終える前に、人は心臓が止まり、愛の暮らしが止まり、消滅するのでしょう。今私の中にある空虚さが、死に向かう空虚さが耐えられません。・・・

Piafに成功をもたらした立役者と言ってもいい作曲家の彼女が、何故このような手紙を書かねばならなかったのか。
二人三脚にも見えたPiafとMarguerite、歌手と作曲家の間に、決定的とは言わないまでも、表面化はしないまでも、それはある時期実は深い亀裂が入ってしまったからだ。(つづく)

Monnot

///////////
「Mon Legionnaire」 Raymond Asso作詞、Marguerite Monnot作曲
RaymondはMarie Dubasの秘書をしていたことがあり、その時期にMarieのために書いたもの。
息を呑むほど驚いたのだが、You TubeにMarie Dubasが歌うMon Legionnaireが動画で出ていた。奇跡を見る思いでご覧ください。
Marie Dubas 「Mon Legionnaire」  
 「Mon Legionnaire」par Serge Gainsbourg 
上のこの曲は勿論Piafの重要なレパートリーでもある。
同じくRaymond Asso作詞、Marguerite Monnot作曲
 「Edith Piaf - La Fanion de la Légion - 1954」 
ナチ支配下のドイツにおいてもPiafは歌うことを許されていたが、この曲はフランス人たちの愛国心を喚起するからと歌うことを特に禁止されていた。
 

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