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Vitruveに住み始めた頃

アパルトマンに母と私と二人っきりだったある日の午後、母は私に微笑むとピアノの前に座ってショパンのワルツを弾き始めた。私はその日まで母がピアノを弾くことは知らなかった。涙が流れた。父はいない日が次第に多くなり、長い不在の日々も続いた。
  ー「Il etait un piano noir...」P.57ー

Barbaraは正式にピアノのレッスンを受けたことはなかった。耳で弾いていた、と書いている。ソルフェージュも知らなかったし、興味も、やる気もなかった。Vesinetに住んでいる頃、最初の音楽教師に出会った。Madame Dussequeは発声法と呼吸法のみを教えていたのだろうか?
Madame DussequeはConcervatoireの教授Paulet先生の家にBarbaraを連れて行く。
Paulet:どういう歌を歌いたいのですか?
Barbara:ミュージック・ホールで歌いたいんです。
彼は微笑み、私も微笑んだ。

Vitruveに住み始めた頃、Concervatoireに聴講生として入学した。Paulet教授のクラスに通う。3つのテストの中で2つしか合格しなかったから聴講生扱いとなった。テストでは、Maurice Thirietの「Les Visiteurs du soir」、Monteverdiの「Le Recit de la messagere de l'Orfeo」、Paul FortとJean Hubeauの「La Ronde」を歌った。審査員の一人は「Concervatoire de musiqueとConcervatoire d'Art dramatiqueを混同してはいけませんよ」とBarbaraに言った。声量が充分なかったのだとBarbara自身も書いている。
ConcervatoireでPaulet教授の下、Faure,Schuman,Debussyなどを学んだ。他の生徒はWagner,Rossini,Berlioz,Mozartを歌っていたが、私にはそういう作品は歌えなかったとBarbaraは書いている。
  ー「Il etait un piano noir」P.57 & 58-


Monteverdiの参考サイトはこちら
Maurice Thirietの参考サイトはこちらです
Paul Fortの参考サイトはこちら
Jean Hubeauの参考サイトはこちらです

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