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ピアノがなくなって家を出た(最初の家出)

当時父と母の関係はひどく悪化していた。口には出さなかったが母はつらい時期を過ごしていた。そしてついに父は家を出ていなくなった。Vitruveの家族を捨て二度と戻らなかった。少し息苦しさが弱まった。
でも父が出て行って私はピアノのレンタル料が払えなくなった。あれは水曜日だった。覚えている。ちょうど午後の2時、三人の大男がやってきて私からピアノを奪っていった。文字通り身を切られる思いだった。助けてほしかった。腰の下辺りに痛みを感じたのを覚えている。この痛みは人生で苦境に立ったときその後もいつも感じることになるものだ。(注:ナントの病院でもこの同じ痛みが彼女を襲っている)絶望した。激情に駆られてその日のうちに私はピアノのなくなったVitruveを去った。18にも達していなかった。・・
突き当たりのSaint-Blaise広場で女友達がタバコ屋をしていた。私が歌手になりたいと思っているのを彼女はよく知っていて私の狼狽を共に感じてくれた。カールした髪のかわいい子だった。彼女も苦労してきた子で、人の話を聞くやさしさのある子だった。彼女を信用できると思っていた。打ち明けた。
「というわけで、もう家を出て行くことにしたの。でもお金が一円もないの」
彼女は引き出しから300フラン取り出し私にくれた。私にとっては大金だった。二人で一緒に泣いた。この気持ちの優しい女の子はずっと前にこの場所からいなくなった。私は彼女に大きな借りがある。少なくとも300フランを借りていて、いまだに彼女に返すことができないでいる。
(「Il etait un piano noir...」 P.70 & 71)

この辺のことはほんの少し以前にも書いた。さらに詳しく書いたのは、ピアノがBarbaraにとって、どれほどの意味を持っていたかを改めて書きたかったからだ。この時期のBarbaraにとって、ピアノを奪われたことがどれだけショックだったか。その日のうちに家出を決めた、そのことからもよくわかる。どれだけの絶望だったか。

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