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再び「Nantes」について

事実を作品化することによってArtistは人生を再構築し、素手で受け止められるまでに浄化していく。したがって作品の完成とはある意味リターンマッチなのかも知れない。Nantesの事実を受け止めるために、歌詞はどのように置き換えられているのか、今日は検討してみたい。

(1)まず突然の電話で自伝では「父の死」が告げられているが、歌詞では、まだ亡くなってはいない。
(2)当時La rue de la Grange-aux-Loupsという場所はなかった。したがってこれはBarbaraの創作地名である。
(3)父の埋葬に際して、献花はなかった。歌詞ではバラの花の下で眠っている。
(4)歌詞では「会いたがっている筈の父」は死に際して、誰にも会いたがってはいない。シスターJeanneは死者に敬意を払って何も話さない。「この方の秘密を守るとお約束しました」父は弧絶した死を望んだのだった。
(5)父は病院で亡くなっているが、歌詞ではLa rue de la Grange-aux-loupsのアパルトマンで亡くなっている。
(6)歌詞では父のポーカー仲間の4人の男は父の死の場所、廊下の奥の部屋の暖炉のそばに座っている。自伝でBarbaraが彼らに会うのは、街角のコーヒー店である。
(7)歌詞では4人の男たちと言葉を交わさないが、自伝では父の生活した様子を聞きだしている。

この歌詞で特異なのは「Voila tu la connais l'histoire」の一行。ここで突然歌詞の世界を飛び出して、歌手は(2人称単数形で)聴衆に語りかける。「そうこんなお話なの。もうお分かりでしょう」
この1行があるために、過去からいつも飛び出だして、瞬間の現実に戻ることができる。この1行が天秤の片方の錘となって、心のバランスを維持しえているのだろう。


Nantesstation


BarbaraがNantesの駅で雨を見たのは1959年12月21日月曜日である

P.S. 出典は未確認だが、私がいつも思い出すBarbaraの言葉がある。
「私は朝から晩まで絶望している女ではない。私の父が毎日毎日ナントで死ぬ訳ではない」


参考資料:2005年No.21 Les Amis de BARBARAの会報
参考資料:Music Cross Talk こちら

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