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Marcinelle & La Mansarde

2004年12月28日のMusic Cross Talkで「Le Soleil Noir」の歌詞について説明している。

Mais la terre s'est ouverte la bas quelque part
(けれど大地は裂け人を飲み込む あそこで どこかで)
Et la terre s'est ouverte et le soleil est mort
(けれど大地は裂け人を飲み込む そして太陽は黒い)
Des hommes sont mures tout la bas quelque part
(坑夫達が坑道に閉じ込められる あそこで どこかで)
Des hommes sont mures et c'est le desespoir
(坑夫達が坑道に閉じ込められる そしてそれは絶望そのもの)

と歌ったのは実はこの炭鉱事故のことである。


ここで歌われているのは1956年8月8日Charleroiの近くのMarcinelleでおきた炭鉱事故のことである。今日再びBarbaraの自伝を読んでいて、ハッと気づいた。Barbaraが1956年のベルギーの炭鉱事故をなぜ「黒い太陽」で歌っているのか。
ここは、このMarcinelleは若き日のBarbaraが暮らした思い出の土地だったのだ。・・

Bruxellesで生活に行き詰まりAnspach通りで身を貶めようとしたとき、運良くユダヤ人の実業家Charles Aldoubaramに救われる。彼はBarbaraに同情し、割れたメガネの修理代と、無銭宿泊を続けていたホテルの支払い代金にと、Barbaraに対価を要求せずにお金を与えてくれた。
その後BarbaraはBruxellesを去る。どこへ行くのか?その後の部分を「Il etait un piano noir...」から訳出してみよう。(P.81&P.82)

ちょっと前、私はPeggyと言う子と知り合っていた。彼女は妊娠して途方にくれていた。Charleroi出身で、故郷に帰ろうとしていた。La Mansardeという名の共有場所をオープンしていた彼女の友達のArtists達の話を彼女から聞いていた。私は彼女と二人で有り金全部を使ってCharleroiに向かった。
Charleroiは炭鉱の町だ。あの不幸な事故で有名になったMarcinelleはそこにある。Peggyの友達はみんなそこに住んでいた。
私がたどり着いたPeggyの故郷、そこの北部にあったLa Mansarde(屋根裏部屋という意味)は、私にとっては、冬から春に代わる太陽のようだった。そこのリーダーYvan Delporteに鍵を貰い、私はしばらくLa Mansardeに寝泊りさせてもらった。彼らは私に仕事を見つけてきてくれた。お店やアパルトマンのペンキ塗りだ。
当時未来の偉大なジャズマン達がBruxellesとCharleroiの間を行き来していた。みんなで彼らの演奏を聴いた。Christian Kellens,Bobby Jaspar,Sadi,Guerin, Bollingなどなど。
私のベルギー時代の中で、La Mansardeは、まるで林間地に光が射す空き地、楽しく明るい魂の交流が得られる花咲く美しい季節だったと呼べる。


炭鉱事故はこの地で起こった。これほどの愛着を持つ土地だからこそ「黒い太陽」で事故を取り上げたのだ。不幸を自分自身の不幸と感じたのだった。



2年間BarbaraはBruxellesとCharleroiの間を行ったりきたりする。オーディションを受け、小さなナイトクラブで歌い始める。ある日突然ここを去り、Vitruveの家族に会いたいという思いがつのる。
きっと帰ってくるからと考え、友達に「さよなら」もいわずに南への道を歩き始める。ただただ歩いて、足が棒になった頃、一台の黒いChryslerが音もなく彼女の横で止ってくれた。
「どこまで?」「Paris」「よーし。乗って」「でも私国境を越えるための証明書を持っていないの」・・・この続きは「Monsuieur Victor」という曲の歌詞に任せる。(詳しくはいつかこの曲をDU SOLEIL LEVANTで取り上げるかもしれない時に)Monsieur Victorは実在の人物、このクライスラーでBarbaraをParisまで連れ戻してくれた人の名前である。



追記:
先の恩人Charles Aldoubaramから、後年Olympiaに出演中のBarbaraに花束が届けられた。

Vous Aviez raison-stop-Bravo-stop-Aldoubaram
(あなたは正しい選択をした。おめでとう!Aldoubaram)
私はあえて、あの地獄に足を踏み入れようとしていた私を知っている当人に、再会しようとはしなかった。馬鹿げていた。1997年の今、そんな自分の判断をとても後悔している。(Barbara:Il etait un piano noir...P.80)


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