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バルバラのコンサート


バルバラのコンサート 投稿者: BARABARA 2004/08/17 00:14:41

私はバルバラが初来日した時(1970年の第一回東京国際歌謡音楽祭)は、ステージを見ていません。あまり他都市は回らないで、すぐ帰ってしまわれた印象しかありません。丁度、「黒い鷲」がフランス国内でヒットした頃です。その5年前、1965年にバルバラは「私自身のためのシャンソン」でACCディスク大賞を受け、永田文夫氏の努力でまもなく日本ででも、発売されました。
そのLPを何時頃私が聞いたのか、よく判らないのですが、次第にバルバラの魅力に惹かれていきました。
1975年石井好子さんのプロモーションによって、バルバラは来日しました。6月4日から、9日まで、東京4日間、大阪、福岡各1日の6回公演で、私は、大阪フェスティバルホールで聞きました。45才のバルバラがどんなに美しく、年齢と共に更に翳りの深まった声を聞かせてくれたか、「脱帽」から始まって終りの「ピエール」「孤独のスケッチ」「黒い鷲」「ナントに雨が降る」まで25曲、至福の時間を過ごさせていただきました。例の「わが麗しき恋物語」では、ピアノの前から立ち上がり、切々と、訴えかけるように、みんなの顔一人一人をみつめるようにして歌いました。彼女はこのあと、13年後に私たちの前に姿を現しますが、声が痛々しいぐらいに、かすれていました。(この時の思い出はまた改めて書くことがあると。)結局、3回だけの公演だけだったように思います。4回の予定が、体調が悪くて、初日が直前キャンセルされた、と当時の、「アサヒグラフ」に書いてあります。今から思えば、このとき、すでに「死」が近づきつつあったのでしょう。10年足らずで彼女の訃報を私たちは聞くことになりますが、最後の数年間どのような苦しみがあったのか、はこのバルバラのサイトが次第に明らかにして下さるでしょう。

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