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Dalida 丸裸 (2)


上の写真はMontmartreのDalidaの家、1962年から
亡くなるまで(自殺)ここに住んでいた。↑


Dalidaの曲で好きなものを挙げると4,50曲を下らない。どうしても外せないものでも軽く2,30曲を超える。そこを清水の舞台から飛び降りて3曲に絞ると私の場合は以下の曲となる。

DALIDA. Il pleut sur Bruxelles
DALIDA Mein lieber Herr
Dalida - Voila pourquoi je chante

JA2 20H : EMISSION DU 04 MAI 1987
亡くなった翌日のTVの特別番組 NEWSの後

Dalida En Memoire 3 Videos

最初の結婚はLucien Morisse
スターに育ててくれた恩人でもあり愛し合って結婚したのだが
結果的にはDalidaがLucien Morisse を捨て
当時画家であったJean Sobieskiに走った。
Jean SobieskiとDaliadaのことは写真を出して以前に書いたことがある。
確かに美男子でDalidaを満たす術も知っていてそして
そのための自由な時間も持っていた。
1961年から1963年まで生活を分かち合った。
Dalidaと関わった男性で珍しく自殺しなかった男として記憶されている。
Jean Sobieski  et  Daliada ↓



Moi La Chanteuseの過去記事でも
Correspondancesの最近の記事でも

Mike Brant(25/04/1975 自殺)を書きながら、Dalidaとのことを
忘れていた。二人は短い関係であったが(1969年)
恋人同士であった。シルビー・バルタンにテヘランで発見され
フランスにやってきたイスラエル人のMike Brant、は
フランスシャンソン界でまずDalidaの愛を得たのだった。
お互いフランス語を母国語としない異邦人である。
そう言えばJean Sobieskiもポーランド人であった。



サンレモで自殺したLuigi TencoとDalidaは結婚を約束していた。
Luigi Tenco et Dalida : le drame de San Remo
才能もスリルもあり女性を痺れさせる要素を充分に備えた
なるほど魅力的な男性である。何故自らの頭をピストルの弾で
打ち砕いたのだろう(26/01/1967 自殺)?
1か月後の同年2月26日、Dalidaが
後追い自殺
試みた気持ちは手に取るように理解できる。
死に損なった絶望のDalidaを見舞い励ましてくれたのは
最初の夫Lucien Morisseだった。二人は
1956年から1961年まで5年間婚姻関係にあった。
死の淵に横たわるDalidaに再び生きる気力を
与えたLucien Morisseも3年後(11/09/1970)に
自ら命を絶った。
なおこのLucien MorisseはDalidaをスターにした
だけでなく、じつはBarbaraのキャリアにとっても
かけがえのない存在であった。そしてこの際言ってしまうと
Barbaraの人生を彩った男性でもある。

今朝目を覚まして、昔(8年前)記事にしたDalidaのある言葉を
思い出した。さすが恋愛の名人である。
なかなか凡人には気づかない言語上の発見でもある。
参照:Music Cross Talk 過去記事


(つづく)

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Dalida 丸裸 (3)

Place Dalida - Montmartre - 1997


Dalida & RICHARD CHANFRAY
(Et de l'amour..de l'amour)
私生活ではこの年、リシャール・ド・サン・ジェルマン(リシャール・シャンフレ)と名乗る錬金術師まがいの人物が彼女の生活に入り込んでくる。と
薮内久氏の「シャンソンのアーティストたち」には書いてあった。以来ずっと「錬金術師まがい」とはどういう意味だろうとこの人物には興味を持っていた。
Richard Chanfray Wikipedia
子供の頃からそしてDalidaと付き合ってからも刑務所体験があり、「錬金術師まがい」と言うほかはない人物のようだ。鉛を金に変えたり、マインド・リーディングをしたり、ある種の魔術師なのだが、本人は
サンジェルマン伯爵と名乗っている。サンジェルマン伯爵は伝説的な人物で、日本で言うと永遠の命を持つ弓削道鏡か、はたまた時と空間を自在に動ける役行者その人だと名乗り出てくるようなものだろうか?実際DalidaとDalidaの家族を信用させるに充分な魔術が出来たようだ。
この時点(1972年)ですでにLucien MorisseやLuigi Tencoに自殺され、しかも堕胎手術の失敗で子供の産めない体になっているDalidaにしてみれば、これくらい強烈に現実乖離している男でないと、自分を委ねることは出来なくなっていただろうと思われる。80年に二人の関係は終わりを迎え彼は彼女のもとを去る。しかし考えてみれば一番長く続いた恋人であり、もしかしたら、最も必要とした恋の高揚を存分に与えてくれる最後の男性だったと言えるかもしれない。Dalidaと別れて3年後に
Richard Chanfrayは自分に似たような新しい女を道連れにして自殺する。Dalidaと愛の日々を体験した男性、3人目の自殺者である。
(1975年に飛び降り自殺したMike Brantを数えると4人目。但しLuigi Tencoを除けば、皆別れて数年後の自殺であり、恋が燃え上がった真っ最中に一人で死んだのはLuigi Tencoのみである。Luigiはその遺書に於いてDalidaには一切触れていない。Luigiの自殺はDalidaにとっても不信を伴う謎だっただろう。しかも自分の目で彼の死体を発見したショックはいかばかりだったろうか)

Richardと別れた翌年Dalidaはオランピアでデビュー25周年記念リサイタルを行い華々しい余力を示したが、Richardまでもが自殺した年あたりからは、自分を支えきれなくなって苦しんでいたのかもしれない。自らの薬物自殺はその4年後である。

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Dalida. Biographie-1
Dalida. Biographie-2
Dalida. Biographie-3
Dalida. Biographie-4
Dalida. Biographie-5
Dalida. Biographie-6
Dalida. Biographie-7

DALIDA Pour toujours-1
DALIDA Pour toujours-2
DALIDA Pour toujoursー3
DALIDA Pour toujours-4
DALIDA Pour toujours-5
DALIDA Pour toujours-6
DALIDA Pour toujours-7
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

étérnelle dalida
Décembre 1967 : Enceinte d'un étudiant romain Claudio agé de 22 ans, elle décidera d'avorter mais l'opération échoue et la condamne à n'avoir plus jamais d'enfant.

Dalidaの映画を見ていたら、彼女を妊娠させた「18歳の彼」の名前がわかった。上のサイトの引用にも書いてあるが、名前はClaudio,イタリア人の学生、出会ったときは18歳だったのか、上のサイトの記事によると、妊娠当時は相手は22歳と書かれている。上のfilmにはClaudioも登場したが、なかなかの美男子。うまい具合にそういうfilmがあったのか、俳優が演じているのかはわからない。Dalidaの映画の中に登場するClaudio(俳優)とは別人。
追記:ルイジ・テンコが亡くなったのが1967年、ClaudioはボロボロになったDalidaの心に若さゆえの強引さで飛び込んできたのだから、出会った年に妊娠したことになる。従って18歳は曲のプロモーション用の話で、実際は22歳であったのだろう。
追記:思い出した。この曲の作詞家の
Pascal Sevranの生涯の恋人、Pascalがその恋人に出会ったのが相手の少年18歳、つまり「18歳の彼
」の18歳は作詞家の実人生のお話だったと、判断したほうがよさそうだ。
(ややこしいのだが、作詞は18歳の彼に、実際に出会う前に書かれている。Pascal Sevranをクリックすると、Pascalが生涯愛し続けた「彼」の歌うシーンへのリンクもあるし、幸せそうな二人の写真もある)

Dalida 「18歳の彼」 & カラオケ
思い出した。これも当時買いました、聞きました。
若くて知らない人にはお勧めです。
18歳の彼(岩下志麻):

Dalida 丸裸 (4) 

disparition de dalida (05/1987) :

Dalidaが驚異的数のヒットを飛ばしたのは
一国に拘束されない身にまとったその国際性
具体的に言うとエジプトとイタリアにあると思う。
歌手にとっての恋愛は政治家にとっての票
実業家にとっての仕入れのようなもので(?)
恋なくして何の人生かな
実人生にドラマなくして歌など歌えるわけがない。
実人生は破綻していた、などとは言わせない。これでいいのだ。




Mina & A. Lupo _ Parole parole _ Live 1972:
Dalida & Alain Delon - Paroles, paroles
中村晃子 細川俊之 / あまい囁き(1973) :
ダリダとドロンの関係、気になるところだと思うが
2007年にドロンが告白している。1960年ローマでたまたま二人とも
それぞれ別の映画の撮影があって再会
短い期間ではあったけれど激しく情熱的な男と女だったことがあったと。
60年と言えば二人はまだ若い、しかも昔からの知り合いである。
美男美女、そうならないほうがおかしい。

今回私が一番驚いたのはこの関係だ。↓
友情だったとも言われているが(言い訳が必要だったということ)
そういうのに限って出来ている。まさかの関係。



誰だかわかるだろうか?
この男、Francoise Saganの身も心もとらえていた。


闘争する男、男の権力は女にとって
やはり計り知れない魅力となりえるのだろうか?
これらの関係に関しては写真だけでなく証言も多い。
1981年Barbaraも赤いバラを手にして
この人の元に駆けつけた。
自作の素晴らしい曲まで捧げている
BARBARA - Regarde
Mitterrandはある時期対独協力者だった過去まで
暴露されているのだが、Barbaraにとって、そんなことは
「Et Alors」だったのかもしれない。
フランスの被占領期の歴史解釈は日本と同じで簡単ではない。
参照・過去記事:Du Soleil Levant : Mitterrand et Barbara:

・・・・・追記:2012年6月26日・・・・・
タイトル「Dalida丸裸」に因んで
仰天の丸裸Artを紹介します。
笑っちゃいます?それとも?
Spencer Tunick: Installation  :

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