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Claude Vinciの証言 (3)

Claude Vinci (3)


(2) Gottingen
RemusatのBarbaraの家にはよく行った。彼女は僕にGottingenを歌わせたかったんだ。La Mouffでの僕の最初のリサイタルでGottingenを歌った。その頃Barbaraは他の歌手に曲を与えていたんだ。たとえば、Jean-Claude Pascalとか、Cora Vaucaireとか。65年にChant du Mondeからレコードを出す時、僕はGottingenを入れるつもりだった。BarbaraとFrancoise Loがダメだと言ってきたんだ。Barbaraが録音するから、録音はBarbaraだけがしたほうが良いからと。
でも今、CDの話があって、そこにGottingenが入るかもしれない。
そう、そうなんだ、BarbaraもFrancoise Loも僕に歌えといったのは、僕がレジスタンスの活動家だったから。初めの彼女らの提案には、そういう根拠がちゃんとあったんだよ。
僕の新しいCD?おそらくEPMから出ると思う。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


BarbaraとFrancoise Loからの反対が無ければClaude VinciはCora Vaucaireが「Dis quand reviendras-tu?」でそうであったように「Gottingen」を歌った最初の歌手になっていただろう。最初歌わせておいて、途中からレコード収録はダメ、なんてBarbaraの中に川内康範が入り込んでいたのか?


 参照:「Music cross talk」 : Gottingen :

「Gottingen」は最初はGottingenのCMソングかと思われたくらいに評判は良くなかった。じわじわと評判が高まった曲だ。そのあたりがひとつの原因かもしれないが、決定的な理由は、1964年にClaude VinciのPhilipsとの契約が切れて、65年になっても更新されなかったためだと思われる。Barbaraの中に川内康範が入り込んでいたわけではない。
L'EcluseをやめてからのClaude VinciのエージェントはFrancoise LoとNadine Laikで、同じ時期にBarbaraと両者を共有している。
CBSで「Barbara chante Brassens」「Barbara chante Brel」を出したBarbaraがClaude Dejacquesに連れられてPhilipsにやってきたのはClaude Vinciが1963年にPhilipsから最初のアルバム「Eluard」を出した、少し後だ。Claude VinciもPhilipsでは「Dejacquesのチーム」の一員となり、BarbaraとClaude Vinciは、一時ほとんど同一家族のような身近さにいたことが窺がえる。
彼の最初のアルバムが「Eluard」であったことは注目に値する。Barbaraのあの美しい「Printemps」もEluardの詩作品だ。Claude VinciはEluardを直接知っていたから、その作品の紹介があったのかも知れない。


Eluardについて:
社会思想社刊,現代教養文庫,「帰ろう愛の天使たち」から引用
ー僕はといえば、エリュアールよりブルトンが好きだ。ハハンなんて知る人はすぐに気づくと思うけど、今まで書いた僕の体質の嗜好から何故かは明白だと思うーp.207
「シュールレアリズム宣言」を書いたブルトンの極めて身近にいたエリュアール。内的探求の思考に向かったブルトンと社会的政治思想に向かったエリュアールとは、後に袂を分かつ。Claude VinciとBrabaraが後に疎遠になったのも、似たような経緯があったのではないだろうか。

もっと非文学的に言えば、60年代後半のYeYeの到来と共に、ベビーブーマーの到来と共に、左に傾いていた社会思想そのものが、大衆化し、同時に実は政治色を亡くし、気づかぬままに、大きく変質していったのだ。
憧れと理念の喪失から、行動と幻滅とを経て、ソ連の崩壊にまで到る流れの中で「こんな筈ではなかった」Claude Vinciはずっと浦島太郎のままだったのではないだろうか。(「ハートは左、財布は右」のフランス人の中にあって、それはClaude Vinciの潔癖さに由来することを忘れないでおきたい)


(注):上の写真向かって左がPaul Éluard、右がAndré Breton。Surrealismeの元祖だったお二人。

これはCorrespondances 2008年4月29日の記事をこちらに移動したものです。(Bruxelles記)

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Claude Vinci (2)

2008-04-25 Correspondances初出


身近にいた人のこういう発言は波紋を呼ぶ。Barbaraの妹Regineから苦情がくるかもしれない。Claude Vinciの発言をpick upしてみよう。


(1)Une petite cantate
僕のいた頃はYvonne SchmidtやDarzeeがピアノを弾いていた。Liliane Benelliはまだいない。彼女とは、le Theatre de Bourgogneで会った。Serge Lamaと一緒に交通事故にあって、彼女は死んだ。僕はずーっと「Une petite cantate」の作曲はLilianeだと思っていた。Barbaraの作曲だと知ったのは、わりあい最近だ。Lilianeが死んだので、既にあった歌詞を取りやめてBarbaraが新しく作詞した、そしてLilianeがすでに作曲していたと思っていた。...
BarbaraのRemusatの家に行くとLilianeとBarbaraが二人で一緒に仕事をしていた。LilianeがBarbaraに教えていたのをよく見た。


参照: 「Music cross talk
-完成した直後に一発録音され、記録では同日発売されたことになっている-という1行を思い出した。1曲だけ、しかも歌詞だけを発売直前に差し替えた、という可能性も確かに感じる。死を扱った追悼の曲にしては、メロディーに重苦しさが、たとえば「Nantes」に比べ希薄な気もする。すべてそう言えばの話だけれど。
(この曲の著作権がすでにBarbaraにあった、それゆえにBarbaraは歌詞を変更しようと思いついた、とすれば、Claudeの発言に何らかの根拠があったとしても、何の問題もない)
Claude Vinciは主張しているわけではないが、「自分はこう考えていた」という示唆は、大きな誤解を生みかねない。イメージがそちらの方に振れてしまうからだ。一旦振れたイメージはそのまま一人歩きするのが常だ。
参照: Serge Lama & Marie-Paule Belle
     
Une petite cantate 


2008-04-26 : 検証追記


Chalon-sur-Saoneでコンサートを終えたBarbaraに当時の秘書のSophie Makhnoはこう告げた。
「Serge LamaがLilianeと一緒に事故に遭いました」
するとBarbaraはこう言ったという。「彼女は死んだのね」
(祖母の死の時と同じような直感が働いたのか)
Barbaraは直ちに「Une petite cantate」を書き始めた。
当時Barbaraはアルバム制作中で、Philipsの代表達にアルバムの中の1曲をプレゼンする必要があった。Barbaraは他のではない、このpetite cantateを歌いたいと思った。Claude Dejacquesは、あんな状態でBarbaraは歌えるだろうかと心配していた。レコード会社に対するプレゼンなど、心地よい雰囲気の場であるわけも無く、しかも朝の10時という時間からだった。
Sophie Makhnoが手渡したウィスキーをBarbaraは一気にあおって、petite cantateを歌ったが、会議場から出てきた時は、何も覚えていない有り様だった。...
参照:Valerie Lehoux 「Barbara Portrait en clair-obscur」 p.145&146

これだけではBarbaraが、作詞作曲の両方を一気に仕上げたかどうかまではわからない。ただLilianeに対して非常に強い想いがあったこと、そして彼女の死に対して、動転するほどの強い悲しみがあったことは充分推測できる。この曲を生涯、演目から外さなかったことからも、二人の間に強い絆があったことが理解できる。根拠の無いClaude Vinciの推測など、もうどうでもいいことだと思えてくる。


Une petite cantate」(和訳) de 「Du Soleil Levant」

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