PLANETEに戻る

Latest Entries

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

少女 Monique

Barbaraは自分の容姿が大嫌いだ。インタビューからは相当の劣等感をもっていたように見受けられる。随分悩んでいたという証言もある。ブレルの映画「Franz」はさえない男と冴えない女のお話なのだ。
「Brelは、醜いから私をあの役に選んだのよ」という発言もある。
それを文字通り受け取ってはいけない。
男にとって抗しきれない魅惑的な少女だった筈だ。それゆえに父を惑わせたのかそれとも父が娘に謎の魅力を付加したのか、微妙なところだ。
BarbaraはSaint Marcellin(1943-1945)にきた時13歳だったが、すでに大きく成長した女の子で16-17歳に見えた。
Valerie Lehouxは当時の近隣の人たちから直接証言を取っている。
Henriette Brun :年齢より上に見えてすでに女性でした。パリジェンヌと言う感じで、私達田舎者とは違っていました。
Madame Cattot :着ているものも違っていました。お母さんのドレスを着ていました。私達はブラウスにスカートでした。着こなしが身についていて、この辺の子供とは違いました。
この頃の学級写真のようなものを見たがMoniqueひとりだけ、頭ひとつ他の子供より大きい。
Barbaraより少し年長だったHenriette Brunさんが、ちょっと驚くエピソードをValerie Lehouxに語っている。
ーあの娘が誰であれ、誘惑しようとしたわけではありません。ただ、あの娘には男を捕らえる魅力がありました。そういう意味で、男を虜にする女の娘でした。意図的かどうかわかりませんが、彼女は男を狂わせるのです。
ある若い教師がMoniqueに恋をして、理性を失ってしまったんです。家族を捨てる決心をしました。目敏い校長がそれに気づき、適切な処置をしたのです。他の学校でよりよい地位を準備して彼を転校させたのです。校長のおかげで、悲劇を未然に防げたのは幸いでした。ー

Valerieの本で初耳の話はもうひとつある。
この時代、住居の中庭、学校へ行く道、レストランの中、その他ありとあらゆる所でMoniqueは歌いまくっているのだ。学校でもコンサートごっこして、級友達にも歌わせたり、勿論自分も中心になって歌ったり。もうみんなそれを知っていて、何かあると人々は「Monique歌ってごらん」と言い、彼女はまた喜んで歌った。近所にピアノのある家がありBarbaraはそこで初めて、空想の鍵盤ではない、本物の鍵盤に触れることが出来た。
無理に歌わされたJuliette GrecoとBarbaraはここが違う。このBarbaraこそが、後年Claude Sluysの父の心を揺さぶりMarcel Hastilのアトリエでの最初の本格的コンサートに辿り着き、そしてその結果、意外と早い時期に、ベルギーでのレコード・デビューを果たすのだ。
Barbaraの「歌う女」を目指す人生は、秘められた意図ではなく、表に現れた迷いの無いチャレンジと実行の連続であったことに、驚くばかりである。
一気にブレイクした歌手ではないが、常に一歩前進のBarbaraには、苦節何年の思いはおそらく無かっただろう。
・・・・・・・・・・・・

参照:「
Du Soleil levant
参照:「
Music Cross Talk
参考資料:「Barbara」par Valerie Lehoux p.39

追記:
戦争中JeanやBarbaraを保護し、避難や疎開に付き添うJeanne Spireのことを以前に多分叔母と書いたが、実はこの人は父Jacquesの叔母、すなわちBarbara達の大叔母と言うのが事実のようだ。お詫びして訂正します。
亡き夫は軍医でアフリカに暮らしたこともある、ということは既に紹介した。
Barbaraの服装センスで、ふと思い出したのだが、この戦時中Barbara達を保護したJeanne Spire,20世紀の初め、
Poiretのモデルだった、ことがわかった。Barbaraの身近には、そんな華麗な親族も居たのだ。
・・・・・・・・・・・・・・
参考資料:「Barbara」par Valerie Lehoux p.30

スポンサーサイト

La chanson de la vie

carefrance1

2005年10月16日の記事ですが追記のために、上にあげてきました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
1985年末女性シャンソン歌手25人が集まって、人道的支援のレコードを出すために「La chanson de la vie」という曲を歌った。1986年の初めに発売された。これがBarbaraとRoland Romanelli二人一緒の最後の録音になった。「Lamour incestueuses」で一緒だった、Catherine LaraにBarbaraはここで再会する。Marie Paule BelleもCatherine LaraもAlice Donaもその著作にこのときのBarbaraとの出会い再会を書いている。このとき出会った女性歌手たちもこれをきっかけにBarbaraの曲に挑戦し始める。大きな意味を持つ歌手たちの集まりだった。「La chanson de la vie」作詞はClaude Lemesle作曲はAlice Dona。このレコードが実現したのは、当時のCare France会長のMarie Claire NoahにAlice Donaが連絡を取ったことから始まる。Barbaraの人道的支援活動の、最初のきっかけとなった出来事としても意味深い。この後Barbaraはエイズ撲滅運動など、積極的に社会活動を始めた。


delavie

Maxi 45 tours n° 883 625-1 sorti chez Polydor
A面がみんなで歌ったうたB面は演奏のみ。
ついでながら参加歌手は以下のとおりである。
Catherine Lara, Barbara, Viviane Reed, Nicole Croisille, Sheila, Dorothée, Julie, Michèle Torr, Alice Dona, Bibie, Linda de Suza, Isabelle Aubret, Rika Zaraï, Jeane Manson, Marie Paule Belle, Isabelle Mayereau, Marie Myriam, Nicoletta, Jane Birkin, Nathalie Lhermitte, Stone, Claire d'Asta, Milva, Ginette Reno, Maria D'Apparecida.
・・・・・・・・・・・・・
2008年8月 追記 (Bruxelles)
Violin-Catherine Lara
Barbara
Femme de toutes les couleurs
Toi qui depuis la nuit de temps
Etait la femme de toutes les douleurs
さまざまな肌色の女
暗闇の時代から
女はあらゆる苦しみを体験してきた
Vivian Reed
Fille d'Afrique ou d'Asie
Ton homme est parti très longtemps
Très loin chercher le travail ou l'oubli
アフリカのまたはアジアの娘
娘の男は遠くに仕事を求めて
または失念のためにかずっと昔に
立ち去ったままだ
Nicole Croisille
Mais tu te défends
Tu te bats
Et seule avec ton enfant
だからあなたは
子供と自分だけで
自分達を守り
また守るために戦う
Sheila
Tu chantes
Comme on lance un défi
Tu vis et tu chantes
La chanson de la vie
あなたは歌って
挑戦するかのように
あなたは生きて
そして「生きてゆくための歌」を歌って
Dorothée
A nos pays d'indifférence
Où les photos crient du silence
私達の冷淡な国々では
声も出さずに
報道写真だけが叫んでいる
Julie
Dans les journaux de la violence
Et de la folie
新聞は暴力や狂気を
文字で報道しているけれど
Michèle Torr
Tu chantes
Seule avec tes petits sans haine
Tu chantes la chanson de la vie
あなたは歌って
恨みっこ無しで
子供と自分だけで
「生きてゆくための歌」を歌って
Alice Dona
Tu dis que les temps ont changé
Qu'il faut semer et moissonner
時代は変ったのよね
自ら種を撒き自ら刈入れなければ
ならないのよね
Bibie
Pour récolter l'égalité
Dans tous les pays
すべての国々で平等を収穫するためには
Linda de Suza
Là où plus rien ne poussait
Tu plantes le riz et tu fais
Lever le grain d'un éternel juillet
かつて何も育成しなくなった土地に
米の苗を植え、永遠の7月の穀物を育てて
Isabelle Aubret
Et c'est toi qui fait l'école
A ceux qui traceront demain
Les sillons les cités et les chemins
未来に田畑や都市や道路を
建設する子供達を
学校で教育するのはあなたの仕事よ
Rika Zaraï
Ma fille ma soeur
私の娘よ、私の姉妹よ
Jeane Manson
Sous ton ciel
Tu n'as plus faim et plus peur
あなたの空の下に
もう空腹も恐れも無いわ
Marie Paule Belle
Tu chantes
Comme on lance un défi
Tu vis et tu chantes
La chanson de la vie
あなたは歌って
挑戦するかのように
あなたは生きて
そして「生きるための歌」を
歌って
Isabelle Mayereau
A nos pays d'indifférence
私達の冷淡な国々では
Marie Myriam
Où les photos crient du silence
声も出さずに報道写真だけが
叫んでいる
Nicoletta
Dans les journaux de la violence
Et de la folie
新聞では暴力や狂気が
文字で報道されているけれど
Jane Birkin
Tu chantes
Seule avec tes petits
Sans haine tu chantes
La chanson de la vie
あなたは歌って
恨みっこ無しで
子供と自分だけで
「生きていくための歌」を歌って
Nathalie Lhermitte
Tu dis que les temps ont changé
時代は変ったのよね
Stone
Qu'il faut semer et moissonner
自ら種を撒き自ら刈入れなければ
ならないのよね
Claire d'Asta
Pour récolter l'égalité
Dans tous les pays
すべての国々で
平等を収穫するために
Milva
Ce mirage vrai en plein désert
Ce miracle quotidien
砂漠の真ん中にある
正真正銘の蜃気楼よ
日常生活の中の奇跡よ
Vivian Reed
Qui met l'embargo sur la misère
それはもう決して貧困を許しはしない
Ginette Reno
C'est bien le mien
C'est bien le tien
Oh viens
Et chante
Comme on lance un défi
Main dans la main chante
La chanson de la vie
奇跡は私のもの
奇跡はあなたのもの
さあ 来て
そして歌って
挑戦するがごとくに
手に手を取って
歌って
「生きてゆくための歌」を
Maria d'Apparecida
A nos pays d'indifférence
Où les photos crient du silence
私達の冷淡な国々では
声も出さず
報道写真だけが
叫んでいる
Ginette Reno
Dans les journaux de la violence
Et de la folie
新聞は暴力や狂気を
文字で報道しているけれど

・・・・・・・・・・・・
歌の振り分けは今回Catherine Laraのサイトから入手した。(初めからこれがあれば、苦労しなくてすんだのにねぇ)
この記事を書いて約1年4ヶ月後に、Jacquesが作ってくれたwmvのfileをL'oiseau Invisible Visual 11の11番目にいれた。
クリックして出てきたアドレスをこのFC2Blog上のアドレス欄に入れて、移動をクリックすればJacquesのfileが開き、彼女達が歌う映像が流れる。fileの長さに制約があるので5MBにカットして貰った。歌手の名前をどれだけ言えるか、ゲイムにしようとJacquesが言ってきたが、名前を書き出すだけでその他の余裕は無かった。Jacquesは登場する歌手全員の写真を送ってくれたが「そこまで時間は無い」と写真fileも半分も開けていない。
その半分は気力を振り絞ってCorrespondances(2007年2月11日)に掲載した。写真だけでなく、さらに一人一人の歌う映像を付加し、歌手達の情報をできるだけ追加していこうと思っている。Jacquesが言っていたように最後にはクイズもつくってみたいと思っている。
参照:Correspondances 2008年8月23日:

BarbaraはLily Passionの真っ最中で、録音以外の参加はしていない。この映像では出だしのBarbaraの部分をMilvaが歌っている。女性歌手ばかりなのは、第三世界の女性達を支援するための資金集めを目的としたからだ。

追記:2008年8月20日
Barbara研究サイトの意地?BarbaraがBarbaraの声で歌っている出だしの部分をUPする事にした。Barbaraの声が抜けていてはBarbaraサイトの意味が無い。
Chanson de la vie: Barbara:
・・・・・・・・・・・・・

追記:2008年8月23日
ークイズー
問1. 白人で一番太っている歌手の名前は?最後の方でステイジを歩き回っている歌手。10年前近所のカナダ人のPCで、この人の写真を検索したことがある。カナダでは、有名なベテラン歌手。PLANETE BARBARAにも勿論早くから登場している。迫力あり。

問2. この人も25人の中のひとり。この写真とここに登場している顔とは随分違う。特に髪型が最も異なっているので、少しわかりにくい。ただし数年前に来日しているので、日本人にはなじみが深い筈。

問3. Jane Birkinのパートを歌っている歌手は、誰だと思いますか?あなたの主観でお答え下さい。

問4. 一番下の写真でBarbaraの隣にいる歌手の名前は?

問5. Marie Myriam,Nicoletta,Isabelle Aubretの3人のなかで、明らかに登場して歌っているのは誰ですか? 他の二人は姿を見せていません。

問6. 上の写真の中央寄りにいて、Isabelle Mayereauの隣にいる人は誰ですか?はじめこの人をNicolettaと間違っていたのですが。昔日本に入ってきたレコード・ジャケットとは完全に別人。難問か。

問7. 一人おしゃれな帽子をかむっている人は誰?この問題が一番やさしい。

問8. 白っぽい上着、そして真っ青なブラウス。金髪。楽しそうに歌っている歌手は?

問9. ブルーの上着にピンクのリボン、この歌手は誰?

問10. この歌手のこの写真は動画の顔から充分判断できる。

同窓会で昔のクラスメイトの名前がわからないのだから、判断に困っても当然ですよね。この歌順資料が間違っているのではないか、と思えるくらいに、若い人が、若く見える人が数人いる。とは言え、人の顔は変る、と言うのが結論。これが男性歌手だったら、ずっとわかりやすい筈なんですけどねぇ。

自信のある場合はコメントにあなたの解答を入れてください。自信の無い場合は管理人のみの閲覧にチェックを入れてコメントしてください。feedbackをご希望の方は、goo.ne.jpのgooのメイルにID=correspondancesを付けたアドレスにメイルで直接解答をお寄せください。日本人なら1問か2問チャレンジできれば、既に稀有なシャンソン通だと胸を張れるでしょう。1問しか出来なくても、何も出来なくても、当然であたり前!

care3

Nicole Louvierがもしいなければ...

Nicole Louvier
初稿:2008-07-20
Nicole LouvierのDiscographie:
Nicole LouvierのWikipedia
Music Cross Talkがまだ作成される以前、ごく初期にまだ掲示板であった頃、Nicole LouvierについてBruxellesが書いている過去記事:現在は「Music cross talk」に入っている分。
1-2004-04-03 2-2004-04-04 
Bruxellesが「Moi La Chanteuse」に2005-05-19に書いた「Nicole Louvier
Bruxellesの日記 「そのほかの日々(2)」に登場するNicole Louvier
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
追記:2008-08-04
探せば出てくるものだ。ようやく見つけた「Helene」par Nicole Louvier。続いて「Dans Chaque Chambre」と言う自作の詩を朗読している。Nicole Louvierをクリックして下さい。
この夏になってからYou Tubeにも登場し始めている。
優勝した一番有名な曲「Qui me delivrera?」
国会図書館でさほど印象に残らなかったのは、曲調が古いせい?
Nicole Louvier 「Mon petit copain perdu
Nicole Louvier 「Où te trouverai-je ?」
Nicole Louvier 「A la vie comme à la guerre
Nicole Louvier 「Quand j'ai faim
Nicole Louvier, en 1953, est présentée au public par Maurice Chevalier
最初のレコード・デビューの紹介文をMaurice Chevalierが書いている。「シャンソン界の小さなラディゲ」と紹介している。歌手としてだけでなく、文学的才能をも高く評価していたのだろう。
Nicole Louvier 「 Nous n'avons pas changé」:
・・・・・・・・・・
追記:2008-08-17
ようやく見つけた、動くNicole Louvier。今日掲載されたばかり。
Nicole Louvier - Miarka:
可愛らしい声で優しく歌う歌手なので、少し驚いた。日本に1ヶ月も滞在して、どこで何をしていたのだろう?若くして自ら命を絶たず2003年まで生きていたことに感謝したい。

Les amis de Barbaraの会報、2008年夏号No.34が届いた。
(この記事未完)

«  | HOME |  »

2008-08

  • «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • 31
  • »

MONTHLY

CATEGORIES

RECENT ENTRIES

RECENT COMMENTS

RECENT TRACKBACKS

APPENDIX

Bruxelles

Bruxelles

FC2ブログへようこそ!

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。