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discretionについて

バルバラ自身が好きな言葉の一つにあげていたdiscretion。今回(Barbara死亡記事報道の訳出)もBarbaraを語る人たちの口から一番多く出現したBarbaraを表現する言葉であった。「慎み深さ」「遠慮深さ」と辞書通り一応訳しておいたが、何故かしっくりこない。
他者との関わりにおいて、藪から棒に「相手が自分を欲し、自分を受け入れている、自分のために存在している」という態度で振舞わない、ということだ。「」のような態度は、自尊心の強い人が陥りやすい傾向にあると思われがちだが、実は逆だ。自尊心の低い人ほど自分が相手を支配しているという妄想に捕らえられる。むしろその妄想が心のよりどころとなっている。

Barbaraには昔から熱狂的なファンが多い。「ストーカーと呼ばないで♪」という歌がヒットしているらしく最近よく耳にするが、Barbaraからdiscretionを要求されるまで、過半数のファンがそれに近かったと思われる。Barbaraもドアを開けて招き入れたり、食事をご馳走したり、道で立ち話に興じたりしていた。
当然のことながら、誤解が生じ亀裂が走り、トラブルにまで発展する。
Barbaraの新曲が出ると「あの歌詞は自分のことを歌っている」と思ったり「Barbaraが自分に会いたがっている」と思い込んだり、さらにエスカレートして「Barbaraを助けるのは自分しかない」「Barbaraは今自分と同じ気持ちで苦しんでいる」と思い込む。
可愛さあまって憎さが百倍、逆恨みに走る場合もあるし、そのまま坂を転がり落ちる場合もある。
Sandra Thomasがその一例だろう(彼女は1980年にBarbaraとのかかわりを記した「La Barbaresque」という書物さえ出版している)
過激なファンに戸惑いながらも、Barbaraに於いてファンの存在は日に日に重要になり、そこに深い感謝と愛情を感じている自分に気づく。
Barbaraはファンにdiscretionを要求し、同時に自分にとって唯一の愛は、あなた達だと表明する。私は特定の誰かと一緒に暮らすことは一生涯なく常に一番大切なあなたたちファンとともに生きてゆくのだという決意をその歌に託して表現する。
フランスのファンがBarbaraに対して示す過度なまでのdiscretion、そしてそこからファンの間の独特のsentiment de solidarite(筆者がBarbara Galaxyの発芽と呼ぶもの)が発酵し始める。繰り返すが、そこからBarbaraとフランスのBarbaraファンとの独特の関係が出現した。
・・・・・・・・・

Les Amis de Barbaraの創立メンバーの一人でもあるJeanne Sudourがその辺の説明を始めたとき、私はそこにfacticiteを感じ納得できなかった。
好きな人に「あなたが好き」と言われれば嬉しいが「あなたたちが好き」と言われれば、喜びは激減する。「Ma Plus Belle Histoire d'Amour, C'est Vous」のvousが2人称単数なら、納得できるが「ファンの皆様」などと言われれば白ける。かねがね疑問に思っていた。しかしSandraの存在を知り、Danyの様子や、Jeanneの話を思い出し、彼らフランスのBarbaraファンの気持ちをようやく理解することができたのだった。
BarbaraとフランスのBarbaraファンとの関係はそれ自体がdiscretionから派生した”発明”にも匹敵する関係だと言える。
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11月25日 AFP報道 (7) 最終回

11月25日(火)パリ時間 16:00 パリ発 AFP通信

1986年Barbaraの伝記写真集を出した作家のMarie ChaixをAFP記者は会衆国フロリダ州Key Westに尋ねている。Marie Chaixは
「動揺はするが、一方驚いてもいない。そういう知らせが来るのではないかと、ずっと心配してきました。歌の中で生きること、死ぬことをずっと歌い続けていましたから」とコメントした。
Marie Chaixは1964年から1969年までBarbaraの秘書で、後に作家となり、フロリダに在住している。
「私はまだとても若くて、作家にもなっていませんでした。私はAnne Sylvestreの妹でキャバレーに出入りしていて、L'EcluseにBarbaraを聞きに行って出会いました。22歳で秘書のようになりました。スカウトされたんです。熱気のあるファンタジーいっぱいの時代でした。80年代に彼女の伝記写真集を出しました。文章はあなたが書くのよ、という条件で許可をもらいました。彼女はGerard DepardieuとLily Passionの真っ最中でした」

Calmann-Levy社は86年に出たMarie Chaixの「Barbara」(1988年に再販されている)を2週間後には再々販することに急遽決定した。

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11月25日(火)パリ時間 13:12 パリ発 AFP通信

Barbaraの40年来の知人である作曲家のJean-Jacques Debout氏は「Barbaraは多発性硬化症に苦しんでいた」と発言した。

///////////////(その他)//////////////
11月25日(火)REUTERの記事では1996年11月に出た最後のスタジオ録音アルバムのタイトルをすべて「Seule」と記されている。気になる間違いであった。
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Espace Pierre Cardinで公演中のMarcel Marceauは拍手をする観客に「偉大なアーティストに黙祷」と述べた。あえて名前を出さず、しかし明らかにBarbaraに対して、全員で黙祷をささげた。
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RTLは番組を変更し、終日Barbaraの歌を流した。France-Soir紙は「黒いワシは死んだ」とLe Monde紙は「偉大な愛の物語の終焉」というタイトルで各々Barbaraの死を報じた。
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Chirac大統領は「Barbaraの声が聞けないと思うと既にさびしい気がする」と述べJospin首相は「独特の声、難解な詩、それでいて大衆的人気の歌手Barbara」の偉大な才能を失ったことを嘆いた。
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元ACT-UP会長のMarc Nectar氏はBarbaraの真摯な活動を称え感謝を述べた。”Le Couloir"の版権をBarbaraはACT-UPに既に遺贈していたことも伝えた。
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アメリカン病院の医師Patrick de Rohan Chabot氏は、あらゆる蘇生術をほどこしたが、残念なことになったと述べた。
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元文化相のJack LANG氏はBarbaraはフランスシャンソン界及びフランス詩壇の輝く星だったと述べた。Barbaraは、ボランティア精神、誠実さ、魂の高貴さをすべて備えたかけがえのない友人だったとも述べた。
「彼女とMitterrand大統領との強い絆は忘れられない」
BarbaraはMitterrand氏のために1981年5月「L'homme a la rose」を作曲し歌った。Mitterrand氏は1988年の大統領選のTV放映の締めくくりに流す曲としてBarbaraの「ゲッチンゲン」を選んだ。
Jack LANG氏はさらにこう言った。
Sida患者支援運動の際Barbaraの活動に協力し「Lily Passion」の上映にも協力できたことは名誉なことだった。
そして、控えめながらも揺るぎなかったBarbaraの弱者に対する社会支援活動を称えた。
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エイズ患者支援運動の会長を続けている歌手のLine RENAUDは以下のように言った。
「今朝アメリカン病院に出かけました。つい先週電話で話したんです。元気でした。彼女の真摯な活動に敬意を表しています。人に見られたくないと望んでいましたし、彼女の気持ちも理解できました。人々はこれからいつまでもBarbaraの美しい思い出だけを大切にしていくでしょう」
////////////////////////(その他)////////

Jean-Jacques Debout氏の「Barbaraは多発性硬化症に苦しんでいた」という発言は訳者(Bruxelles)を驚かせた。ほかで出てきたことはない。本当だったのだろうか?

//////////////////////// {Barbara死亡報道紹介最終回}おわり

88年”生きる神話バルバラのチラシ(6)

88年バルバラ来日時”生きる神話バルバラ”のチラシを見ている。略歴のところに「母は強制収用所で死んだ」と記されている。一体誰がどこでこんなデマを飛ばしたのだろうか。・・

このチラシには”バルバラは街角に一枚のポスターも貼らないという誇り高い冒険に出、そして連日札止めの勝利を収めた”という1987年9月22日ル・モンドからの引用もある。これは正しい。

Barbaraは公演をファンとのランデヴーと規定して以来、ポスターをはじめ、事前の宣伝活動を一切やめた。「あなたは、恋人と会うランデヴーの日程をいちいち公言しますか?」とインタヴューに答えている記事を読んだことがある。後年バルバラとフランスのバルバラファンは独特の関係をうちたてたのだ。ファンは一切”お知らせ”がなくても、それぞれ仕事の都合をつけて会場に会いに来る。そしてバルバラは恋人とのランデヴーと規定したコンサートの際、一生涯続く純粋かつ至福の恋を歌った”Ma Plus Belle Histoire d'Amour"をファンへの返礼歌としてコンサートデイトのクライマックスに歌うようになった。バルバラ以外の歌手には決してできない独特の”関係確認”の歌となっている。
ラジオ・TVの宣伝も1枚のポスターも製作せずにコンサートを成功させる歌手など存在するだろうか?Barbaraにしてもそれは賭けであり、結果は喜びとなり、バルバラの感謝の返礼歌となる。BARBARA Magicのみがそのサイクルを定着させうる。やがてそれは独特のBarbara Galaxyを誕生させ今日に至らしめる土壌となったと言えるだろう。・・・

1997年11月25日のBARBARA報道

11月25日(火)パリ時間 18:36 AFP通信

「僕はBARBARAから多くを学んだ。叙情性、とても素晴らしい現代の叙情性を。素晴らしくかけがえのない人だった」とFrance-InterのインタビューでSerge Reggianiはバルバラを惜しんだ。

「彼女はかけがえのない人だった。存在価値の高い人物で、キャラクターとしては陽気で、幸福そうで気前がよくて、面白く・・」とFrance-InterのインタビューでJuliette GrecoはBarbaraを語った。そしてGrecoはこう付け加えている。
「Barbaraは生き続ける、長い間生き続ける、私達が彼女への想いを消さない限り生き続ける。Barbaraを歌い続ける限り生き続ける。彼女のファンの人々を通して、そしてまだ彼女を知らない人々に、人々が彼女を語り継いでいく限り。事実そうし続けるだろう。だから彼女は死ぬことはないと言える。姿が見えなくても、それは肉体的にちょっと外出したり、席を外したりしているにすぎない」
///////////////

11月25日(火)パリ時間 12:46、AFP通信

エイズ患者支援団体ACT-UPはBarbaraの死に対してコメントを発表した。我々の団体に対してBarbaraは最も支援を惜しみなくし続けてくれた、真に人類の敵エイズと闘う勇者だった、とコメントした。
「我々と共に闘ってくれた。彼女は刑務所にいる囚人、差別される外国人、ホモセクシュアル、娼婦、そして麻薬中毒患者のために、いわれなき偏見のために2重の苦しみを生きる人々に、真に救済の労力を惜しまなかった、闘い続けた人だった。本日ACT-UPの活動家全員が悲しみに沈んでいる」

元文化相のPhilippe DOUSTE-BLAZYは「独自の存在を示した歌手だった。Jacques Brel Yves Montand, Edith Piafに並ぶフランスの誇れる歌手だった」と語った。
「今日フランス全体が、大切な黒衣の婦人というパートナーを失った。その声は刺激的で、力強く心を揺さぶり温かみがあった」
////////////////

11月25日(火)パリ時間 17:33 AFP通信

”Sol En Si(Solidalite Enfants Sida)"のコメント:
:Barbaraの死を苦痛と共に受け止めている。協会の設立当初から我々と共に歩んでくれた。SIDA(エイズ)に感染した子供達やその親達のため熱心に活動してくれた。彼女の曲「Sid'amour a mort」の版権をSol En Siに無償で譲渡してくれた。

”Le Syndicat National de L’Edition Phonographique(SNEP)”のコメント:
:彼女の死を心からお悔やみいたします。レコード制作業界は彼女の40年にわたる活動に感謝いたします。職業論理のある芸術家でした。BARBARAはシャンソンを芸術の高みに押し上げました。その才能、厳格さ、慎み深さは今までも、そしてこれからも後ろを行く歌手達や音楽業界全体のひとつの典拠となり続けるだろうと思います。

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