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Les Victoires de la Musique


Les Victoires de la Musique 投稿者: Bruxelles 2005/03/06 19:11:36

ParisのZenithで発表されたレコード大賞、栄冠はMことMatthieu Chedidのアルバム「Qui de nous deux」に。映画音楽賞は「Choristes」に。年間最優秀女性歌手賞はFrancoise Hardy。年間最優秀男性歌手も”M"。Mは歌手Louis Chedidの息子にして女流作家Andree Chedidの孫で現在33歳。ヘアースタイルが”M"の字になっている外見は漫画的、服もギターも独特。これからは日本のラジオからも流れるでしょう、きっと。
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Pierre BACHELET


Pierre BACHELET 投稿者: Bruxelles 2005/02/16 23:32:47

Pierre BACHLETが闘病生活の末2005年2月15日自宅で亡くなった。
1944年5月25日生まれ。1974年の映画「Emanuelle夫人」を見た方は、あの素敵な歌を覚えていらっしゃるでしょう。作詞、作曲そして歌、全部がこの人。実は他の歌手はみんな歌うのを拒否したから。あの声は彼30歳の声。2003年にはBrel死後25周忌に「Bachelet Brel を歌う」というブレルの曲のCDを出している。この中の「Tu ne nous quittes pas」はブレルへのオマージュ。以下のサイトで彼の歌が聞ける。ブレルファン必聴。
http://www.pierrebachelet.com/

エマニュエル夫人、日本で見て、Parisでノーカット版を見て、ビデオでみて、ついでに「続エマニュエル夫人」まで見ました!

リクエスト


リクエスト by Bruxelles 投稿者: Bruxelles 2005/02/02 18:19:41

「Festen」という1998年のデンマーク映画を見た方がいらっしゃれば、ご連絡お願いします。感想や内容の詳細をお聞きしたいのです。要約程度の内容は把握済みです。監督はThomas Vinterberg,英語のタイトルは「Celebration」、カンヌ映画祭で批評家賞を取っています。映画ファンの方もしいらっしゃれば、どうぞよろしく。

1974年「TOP a BARBARA」


1974年「TOP a BARBARA」 投稿者: Bruxelles 2005/01/15 17:49:14

この番組にバルバラを引っ張り出すのに4年の歳月がかかったとか。口説いたのはMaritieとGilbert Carpentier。撮影はButtes Chaumontスタジオ(36 rue des Alouettes Paris 19区)美術担当はFrancis Robin。
La Garde republicaineに囲まれて「Mes hommes」を歌うというのはバルバラのアイデア。共和国親衛隊員らは軍曲を演奏しようとスタジオにやってきた。ゲストの人選もバルバラ自身がして、Julien Clerc(ほかにも数曲デュエットした)の他にClaude Nougaro(「赤と黒」をデュエットした)とFrancois Wertheimer(Enfantonsを歌った)。アコーディオン演奏はRoland Romanelli。NHKではバルバラが歌った曲の中から、「L'homme en habit rouge」「Ma maison」「La Louve」「Amours incestueuses」「L'enfant laboureur」がカットされている模様。

ひとつ謎がある。資料には「Cecile」が出でいない。他はすべて一致するのだけれど。単なる資料落ち、か?謎。


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投稿者: なまはげ 2005/01/30 17:58:12

Bruxellesさん相変わらず色んな資料調べてますね。これからも楽しい報告待ってます。よろしく。
ところで以前から騒がれていたバルバラがNHKで放送されたビデオ何とか手に入れました。1/12のMachinistさんがカキコ報告されたとうりの曲順でした。ただ放送された年月日がわからずただいまNHKに問い合わせ中です。タイトルが「世界のワンマンショ-」で第三夜バルバラとなってます。(PM:10:15~)
ダビングのせいで画質・音質が劣るのは仕方ないことですが貴重なビデオです。

初めましてのOscar=Francoisさんの報告どおり最近出て11/27に自分が報告したDVD2枚組「une longue dame brune」の中に5曲「TOP a BARBARA」からはいってました。放送されなかったのが「赤い服の男」でした。
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の演奏で始まりバルバラ登場。一曲歌った後の移動しながらのMCでメガネがない時はゆっくり歩けと言われてると。有名なロッキングチェアのイスも登場。また若いロマン・ロマネリも登場アコーディオンを演奏している。
3曲目にジュリアン・クレール登場(ジュリアンファンには貴重。)5曲目にはジュリアンとバルバラによる「わが麗しき恋物語」のデュエットこれまたファンにとっては貴重な画像。他かにどんな曲をデュエットしたかj気にないますね。
後半はバルバラ自らピアノを弾き歌っている。またロマネリのアコディオン演奏もやはりいいですね。
とにかくこの時期バルバラ体調もよく、声なども一番いい時期だったと思われます。これから数年後には...もう見れないと思っていた貴重なビデオ見れて感激してます。感謝感謝!!

「TOP a BARBARA」もったいぶらないでノーカット版をDVDにして出して欲しいですね。



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投稿者: Bruxelles 2005/01/30 23:01:01

なまはげ様
いつも嬉しいカキコ有難うございます。感謝感謝!次第に明らかになってくる感じがします。
Julien Clercと歌ったのは資料によると「Ma preference」「Le coeur volcan」「Ce n'est rien」「Si la photo est bonne」「Ma plus belle histoire d'amour」となっています。多分デュエットは「Ma plus belle histoire d'amour」だけで、後は相手の歌を歌っただけなので、「Ma preference」と「Le coeur volcan」はカットされたのだと思います。

Coline

Coline 投稿者: Bruxelles 2005/01/30 17:52:36

や様  Colineの作品タイトルわかりました。
Le Klavierstuck D.946、シューベルト、ピアノ曲946番 のもようです。

Le Figaro-Entreprisesの発表


Le Figaro-Entreprisesの発表 投稿者: Bruxelles 2005/01/26 21:35:25

昨年度に続き今度は2004年の年間の所得番付が明らかになった。レコード会社からの収入、著作権収入、ツアーなどの出演料の合計から算出したものである。
NO.1-Michel Sardou, NO.2-Francis Cabrel, No.3-Charles Aznavour No.4-Corneille NO.5-Pascal Obispo NO.6-Calogero NO.7 Renaud NO.8-"M" NO.9-Yannick Noah NO.10-Lorie
昨年の1位Johnny が消えてSardouの突然の1位。これはアルバム”Du plaisir"の成功と「黒いワシ」を歌ったオランピアの公演の成功、そして17万人を集客したツアー。Cabrelは”Les beaux degats"と52のコンサートツアー。前回のNolwenn LeroyとCALOGEROを紹介したように近々Corneilleを簡単に紹介してみたい。

昨日の100ランキングでも感じたのだけれど、この10ランキングでも男性歌手が圧倒的に多い。10位のLorie一人が女性。

http://www.lorieonline.net/2004/disco2.htm
ここで歌が聞けます。ラテンバージョンは踊れる。

ついでにCorneilleのサイトも紹介しちゃいましょう。
http://www.corneilleonline.com/?page=news
テレビ画面のボタンを押せば、DIVEO CLIPがいやほどフルで楽しめる。こんなに見ていいのかしら。
(newsをクリック、少し下げてComme un filsのVideoをクリック、するとTV画面が出る。その前に左上のボタンを押して、画面が出たらまず、うるさいイントロの音を消す。後は先に書いたとおり)


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投稿者: や 2005/01/28 12:58:16

三位のアズナヴールの80歳記念コンサートは昨年でしたっけ?



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投稿者: Bruxelles 2005/01/28 18:47:35

そう、80歳、パレ・デ・コングレでのコンサート。それと”Je voyage"というアルバムと”Arc de Triomphe"という高価な集大成、さらに”Bon anniversaire Charles"というDVD。これで3位。
Corneilleは70万人を集客したツアー収入は算入されていないので、実質はもっと上位をいっている筈。
Aznavour、歳をとるほど顔がよくなってますね。がんばっている。ご立派。

そのAznavourもCorneilleも参加しているアジアのTSUNAMI被害者の救済のためのレコードが1月31日に発売される。「Et puis la terre」というPatrick Bruelのシャンソンを60人の歌手が参加して歌う。その組織の名前はA.S.I.E.(Artistes Solodaires Ici pour Eux)。他の参加者の名前も少し列挙すると、Johnny Hallyday,Julien Clerc,Etienne Daho,Lara Fabian,Jenifer,Patricia Kaas,Renaud,Michel Sardou,Veronique Sanson,Zazieなど。(Sony-BMG発表による)

イギリスからもCliff RichardやBoy Georgeが中心になって「Grief Never Grows Old」(DJ Mike Read作詞作曲)がTSUNAMI被害者救済のために発売される。他の参加者を少し列挙すると、Ronan Keating,the Bee GeesのRobinとBarry Gibb,Jamie Cullum,Chris Rea,Olivia Newton-Johnなど。(The BBC発表)。
もっと他にも歌手たちの動きはあると思うが、取り合えず、わかった歌手たちのTSUNAMI救済関連のニュースをついでに書いてみました。

ロシアのシャンソン100ランキング

ロシアのシャンソン100ランキング 投稿者: Bruxelles 2005/01/25 18:33:38

http://www.frmusique.ru/top100.htm

L'aigle noirは第3位、Ma plus belle histoire d'amour 葉56位。あなたの好きなあの曲が何位になっているか興味あるでしょう?Barbaraをクリックするとキリル語のバルバラのBIOが出てきた。歌詞はフランス語で出てきます。とっても興味深い。

Gottingen再び


Gottingen再び 投稿者: Bruxelles 2005/01/24 18:59:19

2005年1月17日月曜日オランピアで19時30分から「Ni putes ni soumises」(163 rue de Charenton パリ12区)という組織のための「Total Respect」というタイトルのコンサートが行われた。BenabarとRaphaelが「Gottingen」をデュエットした。このコンサートは2月1日20時55分からCanal+で放映される。

BenabarはGrand Rexのライヴ版のCD,DVD(2004年10月19日)の中にも「Dis quand reviendras-tu?」を収録している。このように若い人気歌手が次々とバルバラを録音していく現象はまさにかつ目に値する。

Gottingen


Gottingen 投稿者: Bruxelles 2005/01/23 19:30:06

1月10日のmusic cross talkで取り上げたCALOGEROが今年の1月15日、FRANCE 2 のTV番組で「Gottingen」を歌った。Les Chartsの時代の1993年には「L’Aigle Noir」を録音している。

Les mots bleus


Les mots bleus 投稿者: Bruxelles 2005/01/22 17:40:56

「そのほかの日々」去年の7月6日、に選んだのは「Les mots bleus」Alain Bashung。他の誰かの声でよく聞いた。なかなか味のあるいい曲だと思う、と書いている。これは1973年のChristopheのヒット曲と判明。Christopheの声で聞いたのだろう。
今日ふとしたきっかけでこの曲の作曲者がわかった。作曲者はかの、Jean-Michel JARRE。道理で、さすがに。
ついでにCharlotteと結婚当初のおそらく1978年あたりのJean-Michelの写真も見た。なんという美男だろう。デイブ、リンゴ、フレデリック・フランソワあたりが美男と思っていたけれど、Jean-Michelが間違いなく美形の横綱だ、と思う。

フランス国営放送のバルバラ


フランス国営放送のバルバラ 投稿者: Machinist HOME 2005/01/12 12:22:11

みなさま、こんにちは。
表題の番組は1978年(たぶん)にNHK-TVでオンエアされました。
当時、すでに彼女の大ファンだったもので
食い入るように見て、衝撃的な感動を受けました。
その時代に録音された何枚かのレコードより
はるかに声のコンディションが良く、
加えて、彼女が非常に美しく映っていたのです。
NHK自体にもビデオは残っていないようで(契約の問題か?)
まして当時、個人で録画するケースは稀でしたから
ほぼ諦めていたのですが、
先日このエアーチェックビデオを見る幸運に恵まれました。
各バルバラサイトのバイオグラフィーでこの映像がどのように
記されているのか存じませんので、とりあえずのご報告です。
概出でしたらゴメンナサイ。

番組は40分くらいのカラー作品で
オープニングは近衛兵風(?)のブラスバンドをバックにバルバラが登場。
パンタンライブでも演奏しているアコーデオン・キーボード奏者と
彼女のピアノ、あとはリズム隊のシンプルな構成です。
曲目はこんな感じです。(メモがたしかなら)
・わたしの恋人たち
・一日が始まると
・哀しみのセシール(ゲスト:ジュリアン・クレール)
・ムッシュ・カポネ
・我が麗しき恋物語(ジュリアン・クレールとデュエット)
・(70年代風のモダンダンス群舞が数分間)
・サン・アマンの森で
・マリエンバード
・私の幼いころ
・ペルランパンパン
・黒いワシ
こんな感じです。

古い資料なのですが、人気者たちは誰?


古い資料なのですが、人気者たちは誰? 投稿者: Bruxelles 2005/01/09 18:36:49

去年の1月19日の記事で申し訳ないのですが、Le Figaro Entreprisesが発表した2003年の歌手の所得番付。誰が人気者か、ある程度知る手掛かりになるので書き出してみました。
No.1--Jonny Hallyday No.2--Jean-Jacques Goldman No.3--Renaud No.4-- Florent Pagny No.5--Pascal Obispo No.6--Carla Bruni No.7--Nolwenn Leroy No.8--Laurent Voulzy No.9--Calogero No.10--Yannick Noah
金額も書いてあるのですが、順位がわかれば、金額はさしたる意味はないので省略しました。No.10は元テニスプレイヤー。NO.7とNo.9に関しては今から調べるところです。ということはもうすぐまた去年の番付か出るということ?でしょうか。

Coline リクエスト


Coline リクエスト 投稿者: Bruxelles 2004/12/22 21:09:37

リクエスト1
ジャック・アタリの「反グローバリズムー新しいユートピアとしての博愛」をお読みになった方、ご自分のお言葉でご感想をお教えいただければ、有難いのですが。
出版社ー彩流社ー2001年12月20日発売

リクエスト2
同じ著者で「まぼろしのインターネット」。簡潔に感想を聞かせていただければ有難いのですが。
丸山学芸図書ー1998年11月 ネット上の感想はすでに見てますので、独自のものをお願いします。

ジャック・アタリの簡単な紹介のコピー
アタリ,ジャック[アタリ,ジャック][Attali,Jacques]
1943年11月1日、アルジェーに生まれる。パリ政治学院卒業後、ポリテクニック(理工科大学校)、エコール・デ・ミーヌ(国立鉱山高等大学院)、ENA(国立行政大学校)のコンクール(全国選抜試験)にすべて合格、経済学国家博士の称号を持つ。1971年の社会党入党以来、故フランソワ・ミッテラン大統領の側近。パリ第9大学教授、理工科大学教授から、81~91年には大統領補佐官も務めた。EBRD(欧州復興銀行)の初代総裁。当代フランスを代表する論客として、著作物の執筆、政治的活動に余念がない。英国ケント大学、イスラエル・ハイファ大学より名誉博士号を授与される

なんだか大変なひと。恐るべし。JAVA言語の創造にもかかわった人らしい。何故この人を調べているかというと、「COLINE」の作詞者だから。作曲はシューベルト(Schubert)。歌うはバルバラ。で

リクエスト3
「COLINE」この歌の感想どなたか聞かせて。手持ちの情報としてはシューベルト作曲だけ。シューベルトとジャック・アタリとバルバラとで合わさってどうなっているのかとても知りたい。

Michel Colombier


Michel Colombier 投稿者: Bruxelles 2004/12/02 17:29:22

Michel Colombierのサイトのご案内をいたします。
http://www.michelcolombier.com/home.htm
このサイトのゲストブックの11月18日の欄にはバルバラファンと思われるChristian Le Gall氏が英仏両語で次のような書き込みをしている。
「優れたフランスの歌手で作詞作曲家のBarbaraとMichelとの共同の仕事に関してサイトで何も書かれていないのは、恥ずべきことだ」と。黙っていないところがバルバラファンらしい??その上にはprinceのサイトから、お悔やみのカキコがきている。ふーむ。気持ち解らないでもないけどね。

Abidjan Cote d'IVOIRE


Abidjan Cote d'IVOIRE 投稿者: Bruxelles 2004/11/29 18:15:17

今に始まった事ではないが、コートジボアールが大変なことになっている。政府軍、反政府軍、仏軍、国連軍入り乱れて、在留外国人は全部引き上げて、難民となった国民は隣国のリベリア共和国へ流れている。フランスの旧植民地の中では一番の優等生だった筈の国が、いまや国連の手を借りなければどうしようもないところまで来た。米国がイラクでしているようなことを仏軍もここでしていて、もう米国を非難出来なくなってしまった(この表現は最新号の「SAPIO」の記事)。

実はPLANETE BARBARAのBiographyの中で唯一「恋に落ちた」という表現を使った相手Hubertはこの国で外交官をしていた。BarbaraはレクリューズのピアニストDarzieと共にこの国に来て(アフリカで歌うバルバラ・・私も初めはAbidjanと自伝に表記されている都市がCote d'IVOIREのABIDIANとは、なかなか結びつかなかった)”Le Refuge(逃げ場)”というキャバレーで歌っていたことがある。
いつかHubertとの恋について書く時がきたら、このあたりも少し詳しく書いてみたい。-
今その国が、とんでもなく紛争中。11月だけで、取材中の外国人ジャーナリストが既に3人射殺されている。(ブリュッセル13日共同通信)

bruxellesさん頑張ってます。

bruxellesさん頑張ってます。 投稿者: なまはげ 2004/11/27 22:47:05

最近のmusic cross talkの内容の濃さに感激してます。bruxellesさんの努力に感謝してます。(目疲れますよねPCの画面は)

バルバラの2DVD「une longue dame brune」バルバラファンにとっては貴重です。9/10にbruxellesさんが紹介したように1枚目がDiscoramaからがほとんどです。44曲中36曲が白黒で残り8曲がカラーです。年代は1958年~1975年までです。バルバラの顔のドアップやインタビューに答えるバルバラ(結構おしゃべりですね)はファンにとってはお宝映像です。特に4曲目に入っている1962年の映像「Fleurs de meninges」(空想の花)ムスタキとのデュエット曲が最近このbbsで話題になっているムスタキ・レジアニ・バルバラの関係にヒットです。
ムスタキもまだ髭がなく最初誰かと思いました。二人ともパテ・マルコニ時代ですね。この時代この曲を二人で歌っているというのは初めて知りました。蒲田耕二氏は「La dame brune」の解説にベルギー時代以来のつきあいと書いてある。かなり以前より知り合いだったんですね。当人同士は良かったんでしょうが取巻き(特にレコード会社)の利害関係に巻き込まれたんでしょうね。この曲は1969年のバルバラのオランピアライブにゲストとしてよばれデュエットし好評を得た。その後皆さん知ってるようにバルバラがアルバム「不倫」にムスタキが「ムスタキⅣ」で発表してます。
ムスタキのあるレコードライナーには1966年バルバラがレジアニと地方公演(ベルギー・スイス・ソヴィエト)に行く時にムスタキも誘われたと(ムスタキが行ったという証拠はナイ)。この頃バルバラの紹介でムスタキとレジアニは知り合ったのでは?その年の12月にバルバラと共にボビノに出た。その後レジアニはムスタキの曲を歌ったと。実際1968年ボビノで「私の孤独」を歌って大成功してます。
話がDVDからそれました。
2枚目は1978年の映画10曲pantin81から「黒い鷲」chatelet87から「l'ile aux mimosas」そして最後に1996年のラストアルバム制作風景「Precy Jardin」。
自宅の中の様子やバルバラのアルバムの制作過程がよくわかります。これはmusic cross talkのbarbaraと住居(1)を参考にするとよくわかります。自宅にRUE de la Grange an Loup(オオカミの納屋)の青い表札が貼ってます。この自宅のスタジオには大きなポスターが何枚か。気になったのがピアノの後の壁に1枚はモガドールのライブアルバムジャケットと同じポスター。もう1枚がLily PassionのポスターでGerard Depardieuに寄りかかっているバルバラのもの。そのポスターを背負ってバルバラはピアノに向かって演奏してます。
個々のミュージシャンにバルバラのイメージ通り演奏してくれるまで根気強く納得するまで続けるバルバラ。イメージ通りの音が出来ると嬉しそうに満足するバルバラの顔。残念ながらこの最後のアルバムに取り組んでいるバルバラは病気の治療の薬のためか昔のイメージとはかけはなれまんまるな体形になってました。気になっていた右手も映ってましたがはっきりわからずPCでは限度が。

バルバラファンにとっては約4時間(2時間30分+1時間30分)楽しめるし貴重な資料になると思います。ライブを楽しみたい方はPantin81とChatelet87のDVDで。

music cross talk


music cross talk 投稿者: Bruxelles 2004/11/24 19:02:09

この日を記念して、music cross talkに特別記事の連載を今日から始めることにしました。お楽しみに。
「Inrockuptibles」1997年12月3日号には「Roland Romanelliバルバラを語る」と並んで実は「Jeanne Moreauバルバラを語る」も掲載されています。どちらにしようか少し迷いましたがRomanelliを優先しました。1975年のコンサート会場のロビーでRomanelliとすれ違いました。吃驚するほどカッコ良かった。よく見ると全然似ていないのですが、ミッシェル・サルドゥーに似ていると思いました。私がサルドゥーが好きなのは、ひょっとしたらそのせい?ローラン・ロマネリ。名前までカッコいい。
この人ある日、金子由香利の伴奏者として来日しTVに出演していました。バルバラがまだ存命中のころ。金子由香利の手の甲にキスして。それを見た同席していた服部公一は「これだからフランス男は嫌いだ!!」と激怒の表情を見せました。アレレ、服部氏金子由香利に気があったのかしら、I wonder。


Michel Colombier


Michel Colombier 投稿者: Bruxelles 2004/11/20 18:58:20

Michel Colombierが65歳で11月14日日曜日カリフォルニア州サンタ・モニカの自宅で癌のためになくなった。バルバラの生涯には欠かせない人だった。たくさん一緒に仕事をしている。いつか書かねばならないと思っていた。
死後のプレス報道がかなりある。いつか書いてみたい。ご冥福をお祈りいたします。


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投稿者: Bruxelles 2004/11/21 18:27:04

Michel Colombierと仕事をしたArtistは非常に広範囲におよぶ。彼のこと、おいそれとはなかなか書けそうにない。Barbaraとのエピソード等は後に書くとして、とりあえずバルバラのアルバムに彼が手をかしているもの、つまり彼の音が出ているものを列挙してみると、以下のようになります。後半は彼がアメリカに渡ってしまうので。
○1967年「Ma plus belle histoire d'amour」
○1968年「Le soleil noir」A面2曲目に唯一Michel Colombier作曲バルバラ作詞「Plus Rien」が入っている。
○1969年「Une Soiree avec Barbara」
○1970年「L'aigle noir」
○1972年「La fleur d'amour」
○1972年「Amours incestueuses」(参加形態未確認)
○1981年「Suele」
確認済みのものは、彼のオーケストラが録音に参加している。



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投稿者: や 2004/11/24 12:58:16

へえ、コロンビエは、「ホワイト・ナイツ」(バリシニコフ vs ハインズ!!!最高のダンスシーン)や「パープルレイン」を!どっちも、ライオネル・リッチーとプリンスだと思ってました。
プリンスとバルバラ、どうやったら結びつくか、なんて、これ知らなければフレディとバルバラよりずっとわからないですよね。


新発見!イタリアに於けるバルバラ


新発見!イタリアに於けるバルバラ 投稿者: Bruxelles 2004/11/20 19:10:47

Raffaella Benettiの努力がわかった!
Didier Millot氏の書いた「Barbara J'ai traverse la scene」という本には全世界で発売されているdiscographieがある。それによると、少し吃驚、前にRaffaella Benettiが言ったこと「バルバラはイタリアではほとんど知られていない」という発言が、リアリティーを増してよみがえってきた。イタリアがない。!!レコード、CDがない!!
発売された国:日本、ドイツ、カナダ、ベルギー、オランダ、イスラエル、スペイン、イギリス、ウルグアイ、アルゼンチン、ペルー、スイス、アメリカ合衆国。う~む。コンサートだけだったのね。それも何年も前の。

Michel Sardou


Michel Sardou 投稿者: Bruxelles 2004/10/28 18:23:43

10月6日から11月13日までオランピアに出演中のMichel Sardou,バルバラの「L'aigle Noir」を歌っているそうです。Sardouなら迫力のある「黒いわし」になってることでしょうね。


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投稿者: Machinist HOME 2004/10/30 15:37:08

Bruxellesさん、こんにちは。

黒い鷲で思い出しましたが
CHANSON FLAMENCAというアルバムで
スペインの女性歌手が歌ってます。
ここで聴けると思います。
http://www.chansonflamenca.com/
Talis/fr_chansonfla_chanson.html
まあ、この歌唱はまあまあかと思いますが
このCDアルバム、フラメンコの12組みのグループが
シャンソンにチャレンジしています。
なかで、ラ・ボエームはかなり凄いです。お奨め♪

Barbaraの出演した映画


Barbaraの出演した映画 投稿者: Bruxelles 2004/11/07 17:32:22

Frederic Rossif「Aussi loin que l'amour,1970」
Jacques Brel「Franz,1971」
Jean Claude Brialy「L'oiseau rare,1973」
Maurice Bejart「Je suis ne a Venise,1976」
内容に関してはある程度資料は揃っているのですが、4作中3作は映画を見ていないので、内容紹介にいま少し躊躇しています。シナリオ的には「L'oiseau rare,1973」が一番面白そう。

BarbaraがBrelに捧げた「Gauguin」という曲はこのように終わっています。
Sois bien Dors bien
Souvent je pense a toi
Je signe Leonie Toi tu sais qui je suis Dors bien
安らかにお眠りください。あなたのことをよく思い出します。私はLeonieと署名します。私が誰だかわかるでしょう。安らかにお眠りください。・・
歌の中のLeonieは二人の映画「Franz」の中のBarbaraの役名。BrelがLeonでBarbaraがLeonie.この歌詞はこの映画を知っていないとよくわからない。
・・・・・・・・・・・・・・・・
「FRANZ」というタイトル、謎でした。実はLeonの友達の名前だとか。元は「Les moules」というタイトルだった。

Claude Dejacques


Claude Dejacques 投稿者: Bruxelles 2004/10/02 15:22:49

バルバラは1963年La Tete de l'Artに出演中、フィリップスの芸術監督、Claude Dejaquesに出会う。
「私はとても彼と一緒に仕事をしたかった。この業界で初めて私をよく理解してくれた人だった」
この頃バルバラは人に作品を提供しようと考えて彼に相談する。バルバラの考え:Le Temps du lilasをエトワール劇場に出演するイブ・モンタンに、Dis quand reviendras-tu?をコレット・ルナールに。
結果は穏やかなお断りにあう。反対だったClaude Dejaquesはよかったと思い、最終的にバルバラもいい結果だったと考え直す。(「Il etait un piano noir...」P.155.156より)

こんにちは 投稿者: や


こんにちは 投稿者: や 2004/09/19 08:41:18

東京で出ているフランス語情報紙で「フラン・パルレ」というのがありますが、今月号のトップが、マリ=ポール・ベルさんでした。わたしも京都のコンサートに行きましたが、シンプルで小粋でとても楽しみました。
http://franc-parler.main.jp/
あと、わたしの友人で、1970年代の始めにイタリアで勉強していた人がローマでバルバラのコンサートに行ったと言っていました。お隣の国ですし、彼女の活動の盛んな頃にはたぶんイタリアでもそうして演奏していたのでしょうけれど、日本もそうですが、今は忘れられてしまったのですね。
お知らせまで。

Emily Dickinson 投稿者: Bruxelles


Emily Dickinson 投稿者: Bruxelles 2004/09/23 01:47:29

Raffaellaの舞踏劇の「Emily」をよく知ろうとEmily Dickinsonについて調べものをしていたら、卒倒するほど資料が出てきてアメリカを代表する大詩人であることがわかった。生前は全く無名であったとか。
引きこもり、というところがBarbaraと非常に似ていて、この1830年生まれの詩人に興味を持った。詩を読むのが好きな人、Barbaraファンの人には、興味を持ってもらえるのではないかと感じた。山ほどあるサイトの中から
http://longuemare.hp.infoseek.co.jp/dickinson.htmlを、書籍では「エミリー・ディキンスン不在の肖像」新倉俊一著(大修館書店)と「ことば永遠ーエミリー・ディキンスンの世界創造」酒本雅之著(研究社出版)をお勧めしたい。
実は一番興味を喚起したのはRaffaellaのサイトのEmily Dickinsonの紹介文。一番核心をついている気がした。Raffaellaが一体どのような舞踏劇に仕上げたのか、とても興味を持ってしまった。

追加情報:9月23日記
1.ウィリアム・ルス原作「アマストの美女」(1976年)を1986年に没後100年記念として、岸田今日子出演で渋谷のパルコ劇場にて初演された。
2.マルグリット・デュラスの「エミリー・L」(1987年)はディキンスンをモデルにしている。

Raffaellaのイタリア語のBARBARA


Raffaellaのイタリア語のBARBARA 投稿者: Bruxelles 2004/09/17 19:11:46

正確で心のこもった訳。何よりメロディーにきわめて忠実に訳されている。ほとんど何の違和感もない。むしろイタリア語の響きが新鮮味さへ与える。music cross talkの「薔薇色のゴリラ」で「いつかの二人」のミルバ版をしつこく推奨したのを思い出した。ミルバの魅力プラスイタリア語の魅力。歌うイタリア語の伝統のなせる業、が確かに生きている。恐れ入りましたイタリア語様。ミレミルが言うようにBarbaraのdictionがまたきれいだから、イタリア語にするとバルバラに近づき、何かが引き出されるのだろうか?
「Barbara singt Barbara」でドイツ語版を聞いた。Barbaraも頑張っているのだけれど、初見で歌っているような感じがする。言葉へのなじみが薄い。(後で調べるつもりだけれど、おそらく急場作りで、たいした日数をかけていないと思われる)ただこの録音声が素晴らしくきれいで、声だけ聞く分には、ドイツ語の声、ドイツ語の響き、充分うっとりさせてくれるのだけれど。
RaffaellaのサイトにLes Amis de Barbaraの元会長のBernard Merle氏とpassion-barbara.netのFrancois Faurant氏がCDの感想を寄せていて、ともにバルバラの魅力とイタリア語の魅力の共振に触れておられる。Merle氏は"le marriage a reussi"と表記されている。
PLANETE BARBARAにもイタリア語に興味のある方もいらっしゃると思う。提案としてたとえば「LA SOLITUDINE ラ・ソリチュード」の訳を見ていただきたい。
www.raffaellabenetti.netを呼び出しボタンをクリック、CANZONE FRANCESEの下のTRADUZIONIをクリック、するとバルバラのイタリヤ語訳がズラリと並ぶ。「LA SOLITUDINE」のボタンをクリック。訳が出る。伊、仏、日訳を比べてみてください。
たとえば、Translationにある訳はかなり忠実に日本語にしたのだけれど、イタリア語とフランス語ほどの文法的類似性がないので、音あわせのための創作もかなりある。三つ比べて、Raffaellaの訳に無く、日本語訳に残っている言葉を今二つだけ見つけた。RambaudとVerlaineという二つの固有名詞。日本語には自由に掘り込めてイタリア語では入らない、これはカルチャーの問題が絡んでくる。近いほど言葉が重くて自由に使えない、多分そんなところだろうか。

no title 投稿者: Raffaella Benetti


no title 投稿者: Raffaella Benetti 2004/09/16 19:37:12

Merci beaucoup pour les beaux mots que vous avez écrit. Il fait toujours du bien de savoir qu'il y a quelqu'un dans le monde qui pense bien de nous.
Je dois dire que j'ai vraiment chercher à traduire les chansons de Barbara avec un grand respect et une grande admiration pour elle.
Et le fait que les personnes qui écoutent le disque le comprennent me fait vraiment du bien et me remplit de bonheur.
Merci encore

Raffaella


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投稿者: Bruxelles 2004/09/17 18:14:25

Merci Raffaella,je vais traduire vos mots sinceres pour nos amis.
(Traduction japonaise) 上記の文を和訳します。-
素敵なお言葉大変有難うございます。自分たちのことを、快く思ってくださる方が、世の中にいると知ることは、嬉しいことです。私は本当にいつも心にBARBARAへの賞賛と敬意を一杯にして、BARBARAの歌を訳していることを知っていただきたいです。CDを聞いて下さる方がこのことを理解してくだされば、すごくうれしいですし、そのことで、幸せな気分に満たされます。もう一度有難うございます。(Raffaella Benetti)


no title 投稿者: Raffaella Benetti


no title 投稿者: Raffaella Benetti HOME 2004/09/15 01:05:54

J’ai connu les chansons de Barbara il y a 14 ans, parce qu’un ami de Paris me les a fait connaître. Je suis italienne et Barbara est presque inconnue dans mon pays (je devrais dire totalement, mais il y a une dizaine de personnes qui la connaissent!). Je chante et j’aime beaucoup la chanson française (de Brel, Brassens, Piaf, Trenet), et j’adore la langue française. Normalement je chante en français, mais les textes, dans les chansons de Barbara, sont tellement importants (et tellement beaux) que j’ai voulu les traduire pour les faire comprendre en Italie. Voilà pourquoi je chante un peu dans l’originel français et un peu dans ma traduction italienne.
Mon spectacle est un hommage a la vie et a l’œuvre de Barbara. Je raconte d’elle et je la chante.
J'essaie de la faire connaître et aimer. Je vois que tous ceux qui l’ecoutent apprecient ses textes, ses chansons. Et je trouve que c’est un bon service a sa memoire, quand quelqu’un, après le spectacle, me dit de vouloir en savoir plus.
Ce qui m’a le plus surpris, dès que je chante Barbara, est de voir qu’il y a tellement de gens qui l’aiment un peu partout dans le monde.
Voilà meme au Japon un beau site, plein de respect et d’amour pour cette grande femme.
Je suis contente d’avoir un lien avec celui-ci.
Merci Mariko.



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投稿者: Bruxelles 2004/09/15 16:33:19

EVVIVA! Benvenuta! Grazie mille RAFFAELLA!
Vous etes la premiere chanteuse dans le monde qui a ecrit dans mon BBS.Vous etes gentille. Je suis tres heureuse.
Je crois que vous avez le coeur de Barbara. J'ai lu votre traduction en italien et je trouve qu'elle va tres bien avec la melodie. Vous devez avoir ecoute les disques mille fois pour transmettre les paroles de Barbara avec son coeur sans corrompre. Je pense comme ca,c'est parce que moi aussi je traduis ses chansons en japonais. Il me faut mille et une heures par une.
Je doute que personne puisse le faire vraiment bien,sans amour pour Barbara.
Demain 16 septembre vous aurez votre concert a BOARIO TERME(Quel nom!).
Vous etes n'importe ou ,la dame brune vous regarde attentivement et vous encourage tendrement. Bon courage!
Bon, Alors,je vous remercie encore une fois pour vos mots amicaux.
Je voudrais attacher beaucoup d'importance a cette rencontre formidable avec VOUS sur l'ordinateur.
Hypnotiquement heureuse, Ciao.Bruxelles


話題のbarbara論からの引用


話題の文からの引用 投稿者: Bruxelles 2004/09/09 17:21:05

例1-「ジュテーム」でヴェルテメールがバルバラとデュオしているが、大味な歌い口でも鈍重な声質でも、ピアフの晩年に汚点をつけたテオ・サラポを連想させる。

例2-アナログ盤のトップにあった「ひとり」がカットされている。危篤の病人が喘ぎあえぎ遺言をしゃべっているような、かすれ声のあざとい効果以外に何もなかった曲だから再録はさすがに憚られたのだろう。

●筆者の主観と心の波動が伝わる文のほうがある意味で楽しい。しかし、ここまで主観的だと、いささか説得力に欠ける。
ただしこの文には情報として他に、ファンに有難い記述もある。以下に引用する。


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投稿者: Bruxelles 2004/09/09 17:42:42

例1-バルバラは53年、一文無しでパリに舞い戻る。ヒッチハイクで旅したこのときの経験が、四半世紀後「ムッシュー・ヴィクトール」の中で歌われている。

例2-この頃テレビの音楽番組で司会をやっていたドニーズ・グラゼールなる女性がバルバラの歌に熱中し、番組で盛んに放送した。このおばさん、絵作りの必要から実在しないレコードのジャケットまででっち上げたそうである。

○Mr.VictorとDenise Glaserに触れた初めての日本語。記述は両方とも事実。一人は国境を越える証明書のないヘトヘト徒歩のBarbaraを、道で拾ってパリまで届け、その上ご馳走を食べさせてくれた恩人。一人はバルバラの売り出しに多大な貢献をしたMadame。でっちあげたジャケットとは、録音前の「Nantes]
バルバラの他に、彼女がスターへのきっかけを与えた歌手たちの名を列挙すると:
CatherineLara,Moustaki,Brel,Hallyday,Ange,Maxime Le Forestier,Sardou,Yves Simon等等ーNana Mouskouriの「Marie se marie」の作詞もしている。
あまりに左翼的過ぎて68年から3度降板させられ、74年ついにお払い箱に。81年ミッテラン政権登場するも、声はかからず。失意のうちに1983年6月7日63歳で死す。Saint Roch de Valenciennes墓地のイスラエル区画に眠る。葬儀参列した歌手は、BarbaraとCatherine Laraのみ。



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投稿者: Bruxelles 2004/09/09 17:56:54

Denise GlaserがBarbaraをDiscoramaに出演させた放送日を蛇足的に列挙すると:
1959年4月14日、1960年12月2日、1962年4月1日、1962年9月6日、1963年4月28日、1,964年5月17日、1964年10月25日、1965年9月26日、1966年2月20日、1967年10月1日、1968年12月29日。出演によって知名度が普及した推移が読み取れる。



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投稿者: Bruxelles 2004/09/13 17:10:53

Denise Glaserが東京音楽祭審査員として1974年、1975年の2回来日していることを発見、追加情報といたします。
(「シャンソン・フランセーズ その栄光と知られざる歴史」ピエール・サカ著より)

14日発売予定のダブルDVDの内容


14日発売予定のダブルDVDの内容 投稿者: Bruxelles 2004/09/10 17:03:05

1978年Francois Reichenbachが「Barbara(45分)」という映画を撮っている。期間はオランピア1978年2月4日~26日、と地方公演約2ヶ月間、場面はライブ、楽屋、そしてファンと一緒のBarbara。TV放映はTF1で1979年11月27日と再放送1981年7月1日。これがDVDにはいる。他に1996年Precyの自宅での最後のCDの制作模様、そしてご存知Denise GlaserのDiscorama出演から抜粋、その他の映像。未発表曲2曲を含む4時間のMusique。

バルバラ論について 投稿者: BARABARA


バルバラ論について 投稿者: BARABARA 2004/09/04 16:05:32

もう何年か前になりますが、たしか「レコード芸術」に
蒲田耕二さんが、何回かにわたって、「バルバラ論」を書かれた事があります。バルバラ全般に亙って、とても客観的な書き方で終始され、細かい点では読んでいて反発もあり、異論もありましたが、実に整然とした、みごとなエッセイであったと記憶しています。バルバラについては、「薔薇色のゴリラ」ではやく塚本邦雄氏が触れられ、あとはバルバラが来日した折の新聞、週刊誌などでの紹介的な短文、リサイタルでのパンフに書かれた著名人の適当な感想文ぐらいで、蒲田さんのこの時のエッセイほど、充実したものを、私は目にしたことがありません。あれをもう一度読み直してみたいと思いましたが、何処へ行ったか紛失したままです。かなり前に蒲田さんの評論集をアマゾンでみつけて買ってみましたが、
その本には、入っていませんでした。もし雑誌の掲載が何時頃のものであったか、ご存知の方、おられましたら、教えて下さい。


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投稿者: Bruxelles 2004/09/07 13:39:29

出典はわかりませんが多分同じと思えるものを持っています。まず訂正を
{この歌(私の幼い頃)のテキストに出てくるジャン、クロード、レジーヌなる人名は亡くなった兄弟の名前である。}
バルバラ自伝の巻頭に3人の連名で、中断された自伝の出版判断の経過を、そして判断理由を元気に生きて書いています。強制収用所で亡くなった近親者もいません。生死に関することなのでとりあえず訂正を。

ナチから身を潜めているとき、家の前を自転車で通る少女を目撃します。その少女はバルバラの目には、自由そのものに見えたとか。その女の子は、後にバルバラと親しくなるフランソワーズ・サガン。こんなことは「バルバラ論」には書かれていませんが。ではどんなことが書かれているか、いつか機会があれば、1,2例を書いてみます。



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投稿者: Flamand HOME 2004/09/07 16:17:17

蒲田さんは、声を失った後のBarbaraに関しては「抜け殻は聴きたくない!」といった調子の非常に厳しい評論をしていたことを思い出します。



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投稿者: Bruxelles 2004/09/07 17:14:29

お気持ちわからない訳ではないですが。多分愛情プラス歯痒さ、の反動。バルバラだってどれだけ”バルバラの声”失いたくなかったことでしょう。



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投稿者: BARABARA 2004/09/09 00:35:47

Bruxellesさん、私はフランス語がだめなので、日本語で書かれた情報に頼らざるを得ません。Flamandさんが触れておられますように、蒲田さんは、声を失ってゆくバルバラの気持ちを素通りして、冷たい態度で(よく言えば、冷静に、客観的に)批判的に書かれていたので、
この方は歌だけ聞かれて、心は聞かれないのだろうか、(秀才過ぎる方の欠点)、と思ったものですが、根本的な事実誤認があるとすれば、
また話は別ですね。私は、1988年のリサイタルは大阪フェスティバルホールで聞きました。その二日前の、東京昭和女子大人見記念講堂での公演は、体調不調のため、急遽キャンセルされていましたので、その日も心配しましたが、バルバラは歌ってくれました。もちろん、1975年
来日の時のような声は聞くことが出来ませんでしたが、出ない声で歌う壮絶なステージは、かえって、感動的でさえありました。聴衆のなかには、途中で座を立って帰った人もあった、と
いう話も後から耳にしました。またPRで持ち上げられた、バルバラの名声につられて、日本のセンチメンタルなシャンソンが、シャンソンだ、と思い込んでいるような、オバサンたちは、はじめてバルバラを聞いて、、どこが
エエのか、さっぱりわかれへん、と関西人らしい、率直な意見を述べていました。その時、私は、「声の出ないトコがエエのんや」と苦笑して、バルバラの弁護をしたのを覚えています。
Bruxellesさんや、Flamandさんのような、シャンソンに詳しい方が、このように、いろいろ、書いてくだされば、ほんとに有り難いことです。バルバラをどのように聞き続けるか、ということは、自分の生き方、(感情生活?)などに、案外深くかかわりあっているように、私には思われるのですが。



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投稿者: Bruxelles 2004/09/11 18:06:44

蒲田氏のご努力のおかげで発売されたバルバラのレコードもある。「バルバラの声」を出さないバルバラが歯がゆいのだと思う。一人のプロの歌手としてとらえて。
・・・・・・・・・
biographyにある、1969年のオランピアの最後にしたバルバラの発言が、不意に気になりだした。契約の残っている2年間はステージをこなすが、以後はほかの事をしたい。BrelやBejartと、コンサート以外のことがしたかったようだ。
Cortisoneの使用が71年、初めの失声による舞台の延期は70年、だとしたら、69年に何らかの本人の自覚があってもおかしくない。

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