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AU COEUR DE LA NUIT成立過程

情報・読み物 AU COEUR DE LA NUIT成立過程 2005/03/15
全宇宙が恐怖に揺らいだ(1)

意に反して全くお気楽でもお楽しみでもない曲を「Du Soleil Levant」に選んでしまった。120%確認できるまで触れまいと思っていた。以下の文章はDSLの追記となる。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私は父にますます恐怖を感じるようになった。父もそれに気づいていた。私の気持ちをよく知っていた。私には母の存在が本当に必要だった。助けられるのは母しか考えられなかった。でもどのように打ち明ければいいのだろうか。どこまでどう話せばいいのか。理解に苦しむ父の行動を、どう言葉にして伝えられるのか。父は怒るのか、やめてくれるのか。そしてその後の家族は?どうなるのか。私はまたしても言葉を飲み込んだ。

ある夕刻Tarbesに住んでいた時私の全宇宙が恐怖に揺らいだ。私は10歳半だった。

同じような立場の子供はみんな同様に黙り込む。何故なら誰も信じようとはしないからだ。何故ならみんな、子供が作り話をしていると疑うからだ。子供はその事実を恥じ入り、自分に罪があると思ってしまうからだ。何故なら、怖いからだ。何故なら、こういう恐ろしい秘密を持つのは世界中で自分ひとりだと思ってしまうからだ。
私は何度も苦渋の底から、浮上してきた。幼い時の耐え難い屈辱から、乱気流のように高く飛ばされたり地獄の底に突き落とされたりしながらも、自分にしがみつきながら。
勿論私には聖なる生きる喜びが必要だった。幸せでありたいという聖なる願望、男の腕の中で喜びに達したいという聖なる意志が必要だった。後の人生でいつの日か、このすべてから浄化される日を、潔癖さを回復できる日を勝ち取るために。
1997年、67歳の私は、今涙を流しながら、これを書いている。なんなんだろう、一体、この涙は?なんなんだろう、一体、この涙は?
(「Il etait un piano noir...」P.31 & 32より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

この曲を真に知ることで「ナント」の解釈はまた大きく深く異なってくる筈だ。「残念なのは父が死ぬ前に『あなたを許します』と伝えられなかったことだ」と「ナントの成立過程」でバルバラの言葉を書いたが「許します」にはこういう重く深く隠された事実がもうひとつあったのだ。(つづく)


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「Le Soleil Noir」に関して

情報・読み物 「Le Soleil Noir」に関して 2004/12/28
歌詞のなかの実際の出来事

「Le Soleil Noir」の歌詞から2箇所に注目。


Mais un enfant est mort la bas quelque part
(けれど子供が死ぬ あそこで どこかで)
Mais un enfant est mort et le soleil noir
(けれど子供は死ぬ 太陽は黒い)
J'entends le glas qui sonne tout la bas quelque part
(弔鐘が鳴るのが聞こえる あそこで どこかで)
J'entends le glas sonner et c'est le desespoir
(弔鐘が鳴るのが聞こえる そしてそれは絶望そのもの)

と歌っているenfantとは1968年初め5歳で病死したMichel Colombierの息子のことである。Michel Colombierのところで書いたEmmanuel君のことである。

GUY SILVAとの会話で話題になっている1956年8月8日、Charleroiの近く、ベルギーのMarcinellesであった炭鉱の事故では坑道から炭鉱夫の遺体が263体運び出された。当時Barbaraはベルギーに暮らしていて悲しみにくれる遺族の狼狽動揺を目撃している。「Le Soleil Noir」の中で


Mais la terre s'est ouverte la bas quelque part
(けれど大地は裂け人を飲み込む あそこで どこかで)
Et la terre s'est ouverte et le soleil est mort
(けれど大地は裂け人を飲み込む そして太陽は黒い)
Des hommes sont mures tout la bas quelque part
(坑夫達が坑道に閉じ込められる あそこで どこかで)
Des hommes sont mures et c'est le desespoir
(坑夫達が坑道に閉じ込められる そしてそれは絶望そのもの)

と歌ったのは実はこの炭鉱事故のことである。

参考資料:http://www.passion-barbara.net/


Les INSOMNIES」の成立過程(3)

情報・読み物 「Les INSOMNIES」の成立過程(3) 2004/11/17
報道記事など(2)

睡眠薬?BarbaraはMEAUX市の病院の蘇生室にて治療中

背の高いシャンソン界のla dame bruneことBarbaraは昨日の朝、Meaux市の病院の蘇生室に入院した。

今のところ何の発表もなされていないが、現在のところ死の危険からは回復した様子。何が原因で緊急入院したかに関しては謎が残る。直接の原因は睡眠薬のオーバードウズであることは間違いない。ただそれが自殺未遂なのか、不注意事故なのかは不明。話せるような状態になればBarbaraのみがその謎を解くことができる。現在のところ面会謝絶、実の妹だけが入室を許されている。確かなことはBarbaraが死に直面したこと、そしてもうひとつ、死を逃れたのはひとえに、Precy sur Marneの自宅に朝の6時に誰か彼女と親しい人が彼女にどうしても電話しようと諦めないで強く望んでくれたこと。その人は電話がずっと話し中であることに気づいて吃驚して30分後に電話局に通報した。電話局から警察と消防署に連絡が行く。最初に現場に到着したのは消防士たちだった。昏睡状態のバルバラを発見。彼女の手は、ひっくり返った受話器のほうに伸びていた。床には睡眠薬の箱が7個。その7個は空になっていた。この睡眠薬の空箱は、自殺を裏付けているように思える。しかし、バルバラ宅に住む使用人の話によると、前夜バルバラは11時ごろすっかり落ち着いて穏やかな様子で寝室に行ったと証言している。人生に絶望している様子など何もなかったと言うことだ。
  -Le Parisien  1974年6月5日ー


(略)彼女自身、それは6月のこと、2匹の大型犬と暮らしているPrecyの家でのこと。眠ろうとして眠れなかった。睡眠薬を1錠。また1錠。伴奏者のPoland Romanelliに助けを求める電話をした。あいにくの留守。彼女はどうしていいか判らなくなる。朝の3時に再び電話する。友達に電話したつもりでいる。しかしダイヤルを間違えていた。知らない人にかかった。彼女:「具合が悪いの」相手:「どなた?」Barbaraは名を名乗らない。相手:「お名前を言ってください」と強く言う。Barbaraは呟く。「Meauxの近くに住むBarbaraです」その後昏睡状態に入った。その間違い電話を受けた相手が、電話局と警察に通報した。Barbaraは助かった。果たして彼女は死にたかったのだろうか?「いいえ、眠りたかったのです」単純明快に本人は答えている。(略)
-L'Express 1975年2月10~16日号より必要部のみ抜粋ー


「Les INSOMNIES」の成立過程(2)

情報・読み物 「Les INSOMNIES」の成立過程(2) 2004/11/17
報道記事など(1)

火曜日に入院。土曜日から始まるイスラエルのツアーに行くためにも,早く回復したいとバルバラは思っている。

バルバラは回復している。火曜日の朝Meauxの病院に入院した歌手のバルバラは火曜日の夕方、本人の希望でNeuillyのアメリカン病院に転院した。
「単なる不注意事故ですよ」と蘇生術医局長のSudre医師は言う。早く眠りたくてたまらなかった。そして睡眠薬をそれだけたくさん飲んだ。それだけですよ。6月8日から始まるイスラエルのツアーの準備のためにも、早く眠りたいと強く思った。

6月1日からPrecyの自宅に戻っていたバルバラは自分の寝室で動かなくなっているところを、憲兵達によって発見された。朝の6時15分。バルビツール酸系睡眠薬の空箱が数個、手元には不通の電話機が。
憲兵達(警察)に知らせたのはAuteuilの中央電話局の職員だった。少し前、その電話局に「マダムバルバラさんの電話が繋がりません。とても心配です」という匿名の電話があった。

前夜バルバラは内輪で夕方のひと時を過ごした。使用人のAlice Lagrangeの家族が来ていた。その人の母親と姉妹もいた。その人達の証言:「とても,楽しそうでした。夜の10時頃でした。疲れたのでもう眠るわと、寝室へ行かれました」

去年「L'oiseau rare」の映画に出演して、今年はすでに2月9日から3月3日のVarietes座のステージで大成功。その後MaritieとGilbert Carpentierの「Top a Barbara」という番組に出演、3月9日TV放送された。
バリエテ座では新曲が3曲。Marienbad,Lalouve,L'enfant laboureur。そこにはいつもの優しい孤独な、しかし同時にふざけるのが好きな楽しそうなバルバラがいた。
          -「France Soir」1974年6月6日ー


Mais Dieu lui-meme ne sait
Ce que je veux faire de mes nuits
Mourir ou s'endormir
Ce n'est pas du tout la meme chose
(略)しかし神様さえお分かりにならない
私が夜 何をしたいのか
死にたいのか 眠りたいのか
二つは全然違うこと(略)
  ー「Les INSOMNIES 眠れぬままに朝が来て」-
                 


「Les INSOMNIES」の成立過程(1)

情報・読み物 「Les INSOMNIES」の成立過程(1) 2004/11/16
”自殺未遂”の真相

今手元に「黒いワシ/バルバラ・ベストコレクション」というCDがある。蒲田耕二氏の解説と鳥取絹子氏の対訳がついている。その解説の最後にこの曲が登場し、これは火災に遭った体験から生まれたコミカルな歌’78年2月、オランピアのステージで発表された、と解説されている。
”私のベッドの天蓋には、 パリの消防士がいたし、
 砂漠のような足元には、 憲兵長がいたわ”とある。
消防士が登場しているので、火災に遭って不眠症になった歌だと、想像が働いたのも納得できる。Les Insomniesがレコードに登場するのも1978年のオランピアの実況録音盤が最初である。火災が77年なのでなおさら、そういう推量は可能だし現にファンも長年そう思い込んできた。
これは例の’74年の自殺未遂と報道された事件に対する、バルバラの真相釈明の曲だと何かの記事で読んだが、長い間確認せずにきた。今回やはり火災の記述は誤報だとわかったので、改めて再度記述しておくことにする。
’78年オランピアで歌われた曲の中で、未録音の曲はたくさんある。「Fragson」「La musique」「La mort」「Les insomnies」「Il automne」「L'amour magicien」の6曲。この中でオランピアで初めて歌われたのは「Il automne」と「La musique」の2曲のみ。他の4曲は’75年のBobinoで歌われている。火災は77年なので、これで真相究明は終わりである。

不眠症を扱った曲としては’68年の「黒い太陽」のA面4番目の「Le Sommeil(ねむけ)」がある。遡ること6年前の曲である。この曲の中に、夢の中に現れた大きな白い雪の鳥達が私をゆっくりと取り巻く、というイメージが出てくる。「黒いワシ」に先行するイメージとして、後日触れてみたい。この曲は後に「Du sommeil a mon Sommeil」というタイトルになる。バルバラは実際長い間不眠に苦しんだ。そして、危うく命まで落としてしまいそうな事件がおきる。

1974年6月5日午前6時、Meauxの消防士達が、Precyの例の家で、動かなくなっているバルバラを発見する。昏睡状態のまま、救急車で病院に運ばれる。前夜眠れなかったバルバラは、睡眠薬を数箱分口に放り込んだのだ。・・

その後のインタビューでバルバラ自身はこう釈明している。眠れないので手近にあった睡眠薬を飲んでみただけだと。スキャンダル誌”France dimanche"はこの事件に飛びつく。自殺未遂に間違いない!失恋の痛手からくる自殺未遂だと書きたてた。そして恋の相手の推測が乱れ飛ぶ。Barbaraはこのスキャンダルと誤解を打ち消すために1975年この曲を作った。「Les Insomnies」が最初に歌われたのは1975年9月のBOBINOである。あの世すれすれまで出かけた彼女が作った歌は、このように締めくくられている。

Si s'endormir c'est mourir,ah laissez-moi mes insomnies,j'aime mieux vivre en enfer que de mourir en paradis.
もしも眠ることが死ぬことだったら、不眠症のままにしておいて。私は天国で死ぬより、地獄で生きる方をむしろ望むわ。

バルバラは人生に絶望して死にたいと望むようなセンチメンタルなペシミストではない。高らかな”生きる喜び”を歌える希望の歌手なのだ。歌が歌える限り地獄に生きることなど何の苦にもならない。不幸で悲しくて可哀相で神経質なBarbaraのイメージを払拭するに充分な、protest & protect song だと思う。(つづく)   


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